第13話


自室で三国志を読んでいる時だった。バタバタ、と廊下から足音が聞こえてきた。調度ページをめくろうとしていた手を止め、首を傾げる。太公望殿と「なんかあったのかな?」「嫌な気配はしないが……」と話をしているうちにも、足音は大きくなっている。



――スパァンッ
「小雪さん、逃げてくださいッ!!」



勢いよく障子を開け、現れたのは滝。何やら青ざめた表情で焦っているようだ。滝は「突然すみません!!」と謝りつつ、私の部屋に入ってくる。



「小雪さん、あの暴君と言われる七松小平太先輩があなたを探してるんです!!」



滝の言葉に「え、なんで?」と聞くと、「小平太先輩が柊さんに勝負を挑んだらしいのですが、その時柊さんがあなたの方が自分より強い、と言ったらしく……」と説明された。え、それ死亡フラグなんじゃ……。七松小平太に追われる身とか……!! 死ぬしかないじゃないっ!!



「さ、早くお逃げください!!」
「とりあえず逃げれば良いのね。ありがとう、滝。逃げさせてもらうわ」
「いいえ! どうか、死なないでくださいね!!」



ちょ、洒落にならないっ……!! とりあえず、三国志に栞をはさみ、懐にしまう。そして、釣竿型宝具を腰の紐に引っ掛ける。滝に「じゃ!」と片手をあげて、部屋を出る。……が、



「あ、見つけた★」



死ぬしかないじゃない★
笑顔で私を指さす七松。私は青ざめながらも、全速力でその場から逃げる。滝が「死なないでくださいねー!!」と言っているのが聞こえる。死ぬよ!! 助けてよ!! …………私の心の叫びなんて聞こえないだろう。



「はっはっはっ!! 鬼ごっこか? では私が鬼だな!!」
「嫌ァァァアア!! 誰かこの暴君止めてェェェエエ!!!」



だが、人とは薄情なもので。私が七松に追いかけられていることを知った生徒達が、どんどん青ざめて避けて行く。私は犠牲になったのだ。



「おお!! 足速いんだな!! そうでなくっちゃ面白くない!!」
「面白く無くて良い!! ……っつあ!!?」
――ズシャッ



混乱して、何もないところで転んでしまった。地味に肘を打ってしまった。痛い。



「追いついたぞ!!」



ハッ、として瞬時に起き上がる。その瞬間、七松が私に蹴りを入れてきた。ちょ、相手女の子なんだけど分かってる!!? 焦りながらもその蹴りを、後転をして避ける。私の避け方に七松は感心したのか「おお!!」と声をあげた。うん、私自身も驚きだよ。こんなに戦闘能力が高くなっているとは。もしかしたら無双武将と対等に戦えるんじゃないか?



「――…さあ、ここで私と勝負だ」



ニヤリ、と笑う七松。その瞬間、私の顔が青ざめたのは言うまでもない。……相手がやる気なら仕方ない。私は冷や汗をかきながら、釣竿型宝貝を手に取る。



「小平太ぁぁあ!!! 何してんだバカタレェェェェイ!!!」



戦おうとした瞬間、どこからか怒声が聞こえた。それはとてつもなく大きな声で、鼓膜が破れるかと思った程だ。実際に今、耳が痛い。七松が「お、文次郎!!」と潮江に片手をあげる。



「”お”じゃない!! 小雪さんに何てことをしてるんだ!!」



怒声の主は潮江だったようだ。私は安心して釣竿型宝貝を構えるのをやめ、腰の紐に掛ける。潮江は部屋の中から出てきたようで、潮江の後ろには障子が全開に開いた部屋が見える。その中には、何人もの生徒。



「予算会議の途中だというのに、”小雪さんに決闘を申し込みに行く”なんて!!」
「えー? だって戦ってみたいしー?」
「相手は女性だ!!」
「でも柊より強いらしいし」
「年上を敬えぇぇぇええ!!!!!」



額に青筋を浮かべる潮江と、悪びれた様子のないキョトンとした表情の七松。私は二人の様子を、ポカン、とした表情で見る。えーっと、私はどうすれば良いのかな。



「あ、小雪だー」
「え、どこどこ? あ、本当だ〜!」
「おーい、小雪さーん!」



突然声がした。そちらを向くと、部屋の中からひょこっと顔を出している綾ちゃん、タカ丸、三木の三人がいた。ちょ、お前等可愛いなチクショー。手を振ると、綾ちゃんが部屋から出てきたトコトコと私の元へ来た。そして、ぎゅっ、と私へと抱きついた。



「小雪、怪我はない?」
「うん、なんとか。滝が知らせに来てくれたし」



「良かった」と微笑んでくれる綾ちゃんは本当に天使だと思う。危うく鼻血が出るとこだったよ。
――テケテケ……
何か、聞こえた気がした。その音か声かも分からないものが聞こえた瞬間、背筋がゾッとした。どこからか視線を感じる。恐る恐る辺りを見渡すと、木の陰に何者かが居るのが見えた。



「小雪、どうかした? 顔、真っ青だよ?」
「……綾ちゃん、下がって」
「え……?」



自分でも分かるトーンが下がった声。腰あたりから下が無い上半身だけの体。眼球は無く、目が空洞になっている。体は自信の腕の肘で支えている。――…テケテケだ。



《小雪、どうやら”災い”が始まったらしい》
「みたいだね。まさかホラーで来るとは……」
《戦れるか?》
「太公望殿さえ居れば大丈夫」
《フン……、私は随分と信用されているようだ》
「ったりめぇでしょうよ」



ゆっくりと近づいて来るテケテケ。綾ちゃんもテケテケの存在に気づいたのか、私の着物をぎゅっと掴んだ。私と綾ちゃんの異変に気付いたのか、潮江と七松もテケテケに目を向けて顔を青くした。しかし、此方も余裕が無い。三人が青ざめている間にも、テケテケは近づいて来る。でも、これだけは言える。――…絶対に、死なせはしない。私が必ず、皆を守ってみせるから。

 
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