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過去拍手、小ネタ置き場

::過去拍手(チェリーの誘惑)

 
チェリーの誘惑




ピアノとサックス、それからトランペット


それらが奏でるムーディなジャズに自分の声を乗せれば、ステージの前に並んだテーブルから、ほうと溜め息のような静かな喝采が上がる


ネオンがきらめき、ドレスやスーツで武装した男女が束の間の非日常を求めてさ迷い歩く歓楽街の奥

とある建物の地下1階にあるこの古臭いバーにも、やっぱりそういう男女が足を運んでは酒と煙草、そしてステージから零れる上質の音を楽しんでいた


最後の一音が消えると、一瞬の静寂が落ちる


それから客の数相応の拍手が起こり、ふうと息を吐いてさっさとステージ脇に引っ込めむべく踵を返す


その途中、ちらりとフロアを見た

丸いテーブルが並ぶ、その先


カウンターの向こう側で中年の男の相手をする影を確認してからカーテンの中へ入れば、店内はまた静かなざわめきに満たされた



「お疲れ様でした、雲雀さん」



トランペットを両腕でしっかりと抱え、沢田綱吉が声を掛けてきた

演奏前は緊張から青白くカチコチになっていた顔は、今では無事ステージを終えた安堵と高揚感で赤く染まっていた


つつ、とこめかみの辺りを汗が伝うのを一瞥して、ふいと視線を逸らす



「おい雲雀! 10代目が労ってくださってんだぞ! 無視すんな!」


「まーまー獄寺、いつものことじゃねーか。あんまり騒ぐとフロアに聞こえちまうぜ?」



楽譜を脇に抱えた獄寺隼人がきゃんきゃんとやかましく吠える

僕はその雑音で自分の歌の余韻を掻き消されるのが毎回堪らなく不快だった


そのピアノ奏者を宥めながらサックスホルダーを外す山本武の笑顔も嫌いだ

仕方ねぇなぁ、と僕を見下しているようなその笑い方が、見る度に癪に障る


その2人の後ろでおろおろしている小動物も、視界に入るだけでイライラするから嫌いだ



「あっ、なぁなぁ雲雀。今日これで終わりだし、みんなで飲みに行かねーか? いい店見つけたんだ」


「ばっ、なんで雲雀なんざ誘わなきゃなんねーんだよ!」


「人数多い方が楽しいだろ? なぁ雲雀、どうだ?」



ああ、うるさい

こいつらが生み出す音は確かに僕の求めていたそれそのものだけど、こいつらの声はどうしてこうも耳障りなんだろう


欲しいところに、欲しい音が来る

だからこいつらの演奏に合わせて、僕は歌う


でもそれだけだ

それ以上の関わりを持つ気はないし、ましてや店の外でまでつるむなど冗談じゃない


僕は山本武の問いには答えずに、顔を背けたまま薄暗く細い通路を歩いていった



「あっ、おーい、雲雀ー」


「ほっとけよ。どうせ今夜も客の女のお相手で忙しいんだろ、アイツ」


「まぁ……今日の客席も、雲雀さん目当ての女の人ばっかりだったもんね……」


「えー、でもたまにはさー」


「いいだろ、あいつが好きでやってんだし。せいぜい貢いでもらえっつーの」



はん、とピアニストが鼻を鳴らす音がした

それもやっぱり不快だった


少し埃の匂いがする通路を過ぎて、見えてきたドアに手を掛ける

ギィ、と苦しそうな音を立てて開いたその中には、いくつかのロッカーと姿見がある


元々ただの物置だったのを無理やり自分専用の控室として使っているから、狭さと薄暗さはご愛嬌だ


カチリ、テーブルの上のランプを付ければ、そこだけ豪奢な真っ赤なベルベットのソファーが浮かび上がるように僕を出迎えた

この店の何代か前のオーナーの持ち物らしいが、どうやら今のオーナーのお眼鏡には適わなかったらしく、物置に押し込められていたのをそのまま僕が使っている


その上に積まれたプレゼントや花束の山をちらりと見て、はぁっと溜め息を吐く

そっと腕を伸ばし、主人の座る場所さえ占領しているそれらをバサバサと床に落とした


ドレスやアクセサリーで自らを飾りたて、欲に染まった瞳と期待に満ちた不徳な笑顔でステージ上の僕を見ていた女性客たち

その姿がリボンも解かれないままに潰れて僕の足元に転がっている高級なプレゼントの箱と重なって見えて、思わず嘲笑が漏れた


頼んでもいないのに貢いでくるあの姿は何度見ても本当に滑稽だ

そういう奴らをただ適当にあしらっているだけの僕の姿を見て「女のお相手に忙しい」などと勝手に決めつけてくるあいつらも、本当に馬鹿だと思った




―*―*―*―




閉店時間になったのを見計らってフロアに戻ると、ボーイやバーメイドたちが酔い潰れて突っ伏している客の掃除を始めていた


それを横目に見ながら、いつものようにガタンとカウンターの椅子を引く

ゆっくりとそこに腰を下ろし、綺麗に磨かれたグラスや酒瓶がフロアの照明で輝くのをぼんやり眺めた



「雲雀さん」



甘ったるい酒に酔ったような声が僕を呼んだ

そこにいたのは青のドレスに身を包んだブロンドの女だった


その背後では今まで彼女に声を掛けていたらしいボーイがポカンとしていて、やがて何か言いたそうな顔になったものの、そのまま店内の清掃に戻っていった


どうやらこいつは酔い潰れたふりをして閉店後も居座って僕を待っていたらしい


内心で顔を顰めながら見ていると、彼女は陶然とした笑みを浮かべて僕の隣の椅子を引く

カウンターの上に身を乗り出してそこに座ったそいつからは、噎せそうなほど甘い香水の匂いがした



「今夜、お暇かしら」


「…………」


「ねぇ、10枚でどう? 雰囲気のいいホテルがあるのよ」



ご自慢の体を強調するように、色香を含ませた声で囁きながら僕の顔を覗き込む女

確かこの前も同じようなことを言っていた気がする


あのときは確か7枚でどうだと言われた


僕が応じなかったのは枚数の問題ではないのに

そもそもこの僕が金を積めば自分の意のままに動くと思っている時点で、僕が話に乗ることはないのに


仮にもし僕が信念も何もないただの金の亡者だったなら、今頃こんな古臭いバーなんか飛び出して、大衆を相手に歌って拍手喝采と万札の雨を浴びていることだろう


出そうになる溜め息を押し込め、その女が好みそうな妖艶な笑みを浮かべてみせる



「悪いけど、10枚ではとても足りないな」


「……じゃあ、何枚ならいいの? 20枚? 30枚?」


「それでも足りない。その金があるなら他の男を何夜でも買えるだろう」


「あたしはあなたがいいのよ、雲雀さん」



拗ねたように、誘惑するように、あざとく唇を尖らせる女に辟易する

男を誘う目的で作られた声がひたすらに不快だ


そもそも僕の仕事場でこんな下世話な話をするなんて失礼極まりない

しかもこいつ、今夜は存外しつこいな


さてどうやって躱そうかと、口元に笑みを浮かべたまま算段をする



「たった一晩よ? あなただって気持ちよくさせてあげるんだからいいじゃない」


「どうかな、僕を満足させられる女なんてそうそういないと思うけど」


「だったら試してみない? ねぇ、ひば――――」



言いながら、女が僕に身を寄せようとする

けれどそんな僕と女の間に、スッと水の入ったグラスが割り込んできた


これ以上の接触を牽制するように現れたそれを見て、女は眉を寄せてその手を追う


僕もそちらを見ると、その先、カウンターの向こう側に1人の女のバーテンダーが立っていた

長い黒髪を後ろで1つに纏め、パンツスタイルのバーテン服を完璧に着こなす彼女の凛とした漆黒の瞳が、まっすぐに女を見つめている


控えめに施された化粧は、逆に彼女の端麗な顔立ちを引き立たせているように感じた



「お客様」



ピンクの唇が柔らかな弧を描き、長い睫に縁取られた瞳がふわりと細められる

紡ぎ出された声色はただひたすらに優しく、僕たち3人の間にだけ静かに響いた



「恐れ入りますが、本日はもう閉店です」


「なによ、別に少しくらい――――」


「またのご来店を、心よりお待ち申し上げます」



優しい口調、柔らかい声色、穏やかな笑顔

何一つ威圧的などではないはずなのに、その場に生まれたのは有無を言わせない、絶対零度の空気だった


それを無意識にも感じ取ったのか、女は眉を寄せながらも口を閉ざして椅子を下りる

僕の頬にキスをしたブロンドが店の出口へと消えたのを見計らい、それまで溜めていた息を思い切り吐き出した



「いつも大変ですね」



その声と一緒に、今度は綺麗に畳まれたハンカチが差し出された

素直にそれを受け取って、ごしごしと乱暴に頬を擦る


ふと見ると、彼女はもうこちらに背を向けてグラスを片付けていた



「……きみほどではないよ」



カウンターにハンカチを置き、頬杖をつく

それからグラスの水を一口飲んだ


言われた意味がわからないのか、彼女は笑顔のまま僕を振り向いて小さく首を傾げた



「ステージから見えた。中年男に絡まれてただろう」


「ただお話をしていただけですよ」


「手まで握られてたくせに」


「爪が綺麗だと褒めていただきました」


「そんなの、きみに触るための口実に決まってる」



心配してやってるんだよ、わからないの

口には出せないそんな本音を隠しながら言ってみても、当然声にしなければ伝わるはずもない


彼女はただくすくすと笑って「平気ですよ」と言い、ハンカチをポケットにしまうとまた僕に背を向けた



「客の服装を褒めて、表情を確かめて、悲しそうな顔してたら声かけて、嬉しそうだったら自慢話を引き出してやって、1人1人が何をどのくらい飲んだかまで把握して、頃合いを見て水を勧めて……考えただけで眩暈がするよ」


「ふふ……その上、閉店後に決まって絡まれる専属シンガーさんを助けないといけませんものね」



少しだけ振り向いた彼女が、また僕の前に何かを置いた


平らなシャンパングラスに盛られたチェリー

たぶん今日のチャームの残りだろう


彼女は時々こうして余ったつまみを出してくれることがあった

ナッツだったりスナック菓子だったりチョコレートだったり、そして一定の周期で必ずチェリーが回ってくる


酒のつまみに生の果物を提供するなんて珍しい

オーナーの趣向か、それとも若い女の客が多いからだろうか

それにしては種類がチェリーだけというのも寂しい気がするが


まぁどうだっていいやと真っ赤に熟れたそれに手を伸ばす

ふと前を見やると、やっぱり彼女はもう僕に背中を向けていた



「…………ねぇ」



手を止めて、彼女を呼ぶ

そうすれば彼女は簡単に僕を振り向いたけど、そこに浮かぶただ優しいだけの笑顔に、何故か苛立ちが込み上げる



「何か作ってくれない」


「ええ、構いませんよ。何にしましょう?」


「……じゃあ、今の僕にぴったりのものを」


「かしこまりました」



短い会話の後、彼女は悩む素振りさえ見せずにいくつかの瓶を選ぶと、早速カウンターの向こう側でカクテルを作り始めた


細く白い指が僕のためだけに動くのを見つめながら、ちらりと彼女の顔を見やる



照明に照らされてつやつやと輪を作る黒い髪

整った輪郭に、大きな瞳


生まれつきらしいミルク色の肌と、噛み付いたら甘くて柔らかそうな唇


色気のないバーテン服の上からでもわかる、出るところは出て、締まるところはきゅっと締まっている、スタイルのいい肢体


これが例えば肩と脚を露出した赤いドレスでも着てこの夜の街を歩いていたなら、道行く男は10人が10人振り返り、きっと1分と経たないうちにその中の誰かが彼女を攫うことだろう


想像を遊ばせ、考えたのは自分のくせにどうしてだかものすごく不愉快になった



「……きみは、ドレスとか着ないの」


「え?」


「バーテン服なんかより似合うと思うけど」


「まぁ、ありがとうございます」



また彼女が笑う


同じだ


さっき女を牽制した口調と

いつも沢田綱吉たちと話すときの声色と

中年男に手を握られたときに浮かべていた微笑みと


何もかも、まるで量産された物のように、まったく「同じ」だ


僕は何故だかそれが嫌で嫌で仕方がなかった


彼女にとっては僕も、あのブロンドの女も、沢田綱吉たちも、客も、すべてが同じ

「特別」など存在しない



――――ああ、ひどく腹が立つ



「ねぇ」



無意識に彼女を呼んだ

ちょうどシェーカーを下ろした彼女が、それに応じて僕を見る


僕と彼女の間にあるカウンターは、まるでそのまま2人の境界線を示しているようだった


これ以上彼女に近付いてはいけない

これ以上向こう側に踏み込んではいけない


顔も名前も知らない誰かがそう言っているように、そこに横たわる境界線



……どこの誰かは知らないが、この僕を、そんなもので縛ることができると思い上がるなよ



ガタン、と音がした

立ち上がってカウンターに身を乗り出し、彼女の襟元を片手で捕まえる


強引に引き寄せると、そこで初めて彼女の顔から無表情の微笑みが消えた

たとえ一瞬でも不快な量産品を崩し、驚きと困惑を見せた彼女に満足して、目を細める



「僕の今夜を、きみにあげようか」


「……」


「金なんかいらないよ。きみだけは特別に……ね」



これまで幾人もの女を魅せてきた美声をベースにして、更に甘さと熱っぽさを混ぜる

それをシェイクしたところへ誘うような色香を滲ませた視線を注ぎ合わせて、最後の仕上げに自慢の妖艶な笑みを浮かべて、彼女の前に差し出した


そうやって、気付けばまるでカクテルでも作るように完璧に――――必死に、自分を作り上げていた



数秒の沈黙が落ちた

とっくに掃除は終わったのか、店内には僕と彼女の2人だけになっていた


やがて彼女が身じろいだ

薄く開かれたままの唇が何を言うのか、持ち上げられた手がどう反応するのか、真っ直ぐに見つめ続ける


……けれど一瞬後、今度は僕の方が驚きと困惑の色を浮かばせた


スッと冷たく細められた彼女の瞳

本当に一瞬だけだったけど、確かに蔑むような眼差しを向けられて、ドクン、と胸の奥で警鐘が鳴る


襟を掴んでいた手は自然に脱力し、いとも容易く彼女の手によって剥がされた



「……どうぞ。当店オリジナルのチェリー・ハンターです」



拒絶されたことを理解するのと、彼女がまた感情のない微笑みを浮かべてグラスを差し出したのは、ほぼ同時だった


ハッと我に返って下を見れば、そこにはカクテルグラスに注がれた酒が置いてあった

チェリーと同じ色の、赤いカクテル



――――本気で誰かを酔わせることなどできやしない、ただ見掛けで大人ぶるだけの、ノンアルコールカクテルだ



呆然と見ていたら、彼女はまた僕に背を向けた

そして瓶を棚に戻しながら、変わらない声色で言う



「今夜の歌も、とっても素敵でしたよ」


「…………」


「それでは、お疲れ様でした」



手早くシェーカーを洗った彼女は、最後ににこりと微笑んでから、カウンターの中にあるドアの向こうへと消えていった


残された僕は結局境界線のこちら側にドサリと腰を下ろし、ゆっくりとカクテルグラスに手を掛けた


そっと口を付けてみれば何てことはない、ただ甘いだけで何も中身がない液体だった

ふわり、微かにシトラスの香りがした



「今の僕にぴったりなものを」

「かしこまりました」



「今夜、お暇かしら。雰囲気のいいホテルがあるのよ」

「僕の今夜を、きみにあげようか」





「――――……っ、」




ダン! とグラスをテーブルに叩きつけるように置いた

ぐしゃりと前髪を乱し、自嘲する


彼女が僕に向ける微笑みも、客に向ける微笑みも、何も変わらない

当たり前だ



――――だって彼女の目には、あの客も僕も、大差ないように映っているのだから。


あの女と同じ誘うような妖艶な微笑みを浮かべて、あの女と同じように自分の持つ武器をフル活用させて、あの女と同じことを言う僕を、彼女が常日頃からどう思っていたか


その答えがこのカクテルだ

味気のない、ただ甘いだけの水




「(っ……違う、のに)」




違うのに

彼女は気付いていないだろうけど、でも違うのに



……僕は、本気なのに。



色恋営業をしているわけじゃない

僕の言葉のすべてがお遊びだと思うなよ


きみに向ける言葉も気持ちも、何もかもが本物なんだよ


でもそれをどうやって表せばいいのかがわからない

どうやって他と差別化すればいいのか、わからない


きみだけは特別だと言っても、金なんかいらないと言っても、そこにどんな本気が込められていたとしても、それは彼女にとってただの薄っぺらい言葉にしか聞こえない


何を言っても微笑みで返される僕の気持ちなんて、彼女はきっとわかっていないんだろう



「…………はぁ、っ」



喉が焼けそうなほど甘ったるいカクテルを飲み干して、そのままカウンターに突っ伏した

真っ暗になった視界に、さっきの彼女の瞳が蘇る


冷ややかな視線

僕を軽蔑する、明らかな拒絶を滲ませた瞳


まるで氷のように冷たくて、鋭くて、――――そして、美しかった



どうすれば手に入るのだろう

どうすればあれは僕のものになるのだろう


……どうすれば、彼女は僕の「本当の心」を見てくれるのだろう




「…………、」




彼女の名前を呟いた

でも閉まったままのドアは沈黙したまま、彼女が出てくる気配もない


そっと目を閉じてしまうと、記憶の中の彼女が、また無表情に笑った




―*―*―*―




店内に通じるドアを開けると、カウンターに突っ伏している影を見つけた


さっきまで彼がいた席だ

近付いてみれば案の定、見慣れた姿がそこにあった


組んだ腕の上に頭を乗せて、そこから覗く瞳は閉じられていて、大きな背中はゆっくりと上下している


その傍らには空になったカクテルグラス

そして、手付かずのチェリーがそのままになっていた



「…………」



歌を歌うのが仕事のくせに、喉を痛めたらどうするつもりなのだろう

でもこの不貞寝の原因が自分だということはわかっていた


溜め息を吐いて、帰るつもりで着ていたコートを脱ぎ、そっとその背中を覆うように掛ける

それから音を立てないように彼の隣の椅子を引いてそこに座った


空っぽのカクテルグラスを持ち上げ、底に僅かに残留している赤を軽く揺らす




「僕の今夜を、きみにあげようか」


「…………」




ついさっきの彼の顔が思い出され、ふっと笑みが漏れた


……この人は、本当に可愛い人だ

あんなに必死に余裕ぶって、あんなに必死に偽物の自分を取り繕って



――――何よりも肝心な、たった一言の台詞さえも思い付かない子供のくせに、必死に大人ぶろうとする。



くすくすと笑いながら、1つも減っていないチェリーに手を伸ばした


閉店後、時々こうして彼に出している真っ赤に熟れた果実

でも何だかんだ、彼は一度も手を付けたことがない


自分の興味を引くもの以外にはまったく関心を示さない彼は、気付いていないのだ


このバーでは、お客様にチェリーなんか出していないこと

私がチェリーを出しているのは唯一、彼だけだということ


そう、自分を大人だと思い込んでいるこの子供は知らないのだ



――――熟れたチェリーを男に差し出す、そこに隠された女の真意を。




「……今夜もおあずけ、ですね」




摘み上げたチェリーを揺らし、その実を齧る

甘く濡れてべとつく唇を舌で舐めた



彼が気付くその夜まで、この駆け引きは続くだろう

けれど、悪く思わないでくださいね


だって、「大人」の恋愛はこうでなくっちゃ、面白くないでしょう?



何も知らずに眠り続ける彼の髪を撫で、きっと彼が見たこともないであろう微笑みを湛え



私はそっと、自分にだけ聞こえる声で囁いた





チェリーハンターは目覚めない
(ねぇ、早く捕まえてくださいね)





Inspiration : チェリーハント luz ver. Original PV



2015.10.12 (Mon) │ 切・シリアス
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