ある日の日常
僕は、夜の南船橋から電車に乗った。
今日もたくさんの蝶を捕まえて、紙の辞書のような形の虫かごに、特殊な紙で挟んで持ち歩いていた。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。人気のない午前三時の電車に乗って、僕は揺られていた。
窓の外の、暗く淡く輝く光を眺めながら、ポケットからリンゴ味の飴を取り出して、ひとつぶ口の中に運んだ。
といっても、ただのドロップではなく、冥府の秘境である「うさぎの森」に生えている、
何種類かの薬草(になる、花)の乾燥した粉がまぶしてあるものだ。
少し眠たくはなるが、スーッと疲れが消えていく。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。真っ暗な夜を電車が横切る。
五時ごろ、電車の終点駅で目が覚めた。
大きな駅をふらふらと歩き、赤い壁の商店街の、スープ屋に歩いていく。
「おはようございまーす…味噌汁ありますか?」
スープ屋の看板娘が、笑顔で豆腐となめこのみそしるを、カップに注いでテーブルに置いた。
「500セントね。」
毎回僕は半タンカ(1タンカで日本の千円くらい)もするのかよと、心の中で一人ツッコみながら笑顔で受け取る。
そりゃそうだ、眠らない街の朝食はそんなに安くはない。
「今日から塩おにぎりとパンのどちらかをつけてご提供しております。どちらがいいですか?」
「おにぎりで。シャケありますか?」
「ありますよ。」
僕はなんか得した気分になって、朝食が乗ったトレイを持って席についた。
「あれ?東さんじゃん。お久しぶり。」
話しかけてきたのは、“神器”と呼ばれる不思議な存在の一人である、神山レイだ。
あだ名はジンちゃんだ。
「あ、ジンちゃん。お久しぶり。」
「ねえ聞いてよ東〜。黒猫(※皐月誠吾)さんと朝まで居残り作業だよもう疲れたよー。飴館の従業員のドール率高すぎだよ〜。」
僕は無言であの飴を何粒か差し出した。包装紙がくしゃくしゃになってしまったが、たぶん中身は大丈夫だ。
「お。ありがと。あとでなめるね。」
ジンちゃんはうれしそうに飴を受け取り、ホットの麦茶を片手に、僕の目の前の席に座った。
このスープ屋からの朝日は格別にきれいで、今日も太陽は先ず赤く、次第に黄金色に世界を染め上げた。
“第二の黄昏時(だいにのたそがれどき)”と呼ばれる現象だ。
「綺麗だねー。」
僕たちはただただ微笑んでいた。
パラリ、と虫かごを開け、蝶を放つ。
蝶はそれぞれの電車に飛んでいき、天国か地獄か、その中間のHankaかのどれかに霊たちを運んでいく。賢い蝶なのだ。
hankaの上町にある、濃い霧が立ち込める森の中を馬車で行く。
そこには、骸男爵から蒼百合の会が買い取った大きな屋敷がある。
瑠璃と呼ばれる女性が、今日も庭に硝子の花を植えている。
「こんにちわ、瑠璃。」
「おかえりなさいませ、東。」
瑠璃は相変わらず憂いを帯びた表情で、硝子の花たちにジョウロでみずをやっていた。
僕は久々に自分の部屋に訪れ、真新しいシーツの上に横になった。
眠るまではそんなに時間はかからなかった。
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