初仕事

はじめての仕事は、うさぎがたくさんいる森で、白い蝶を捕まえることだった。
夜に舞う月光蝶たちは、白く輝きながら鱗粉を撒いていた。

手を伸ばすとそっと翅を閉じ、おとなしく紙につつまれてくれるから、捕まえるのはたやすいことだった。
ただ、私たちのイロと呼ばれる力に引き寄せられた結果なので、どうしても翅に色がつく。

「蝶に付着するイロは、移動している間に吸収されて白くなるわ。気にせずどんどん捕まえましょう」

南さんはそういって、辞書に似た四角く白い本にどんどん蝶を挟んでいく。

「あ、蜘蛛蝶もいるじゃない。しかも赤の。おめでたいわ」

南さんは、虫かごに八本足の蝶を閉じ込めた。



 ★

白い蝶をたくさん捕まえ、僕たちは軽自動車に乗っていた。
僕は休憩も兼ねて、席のリクライニングを思いっきり倒し、ぐだぐだしていた。

「この蝶はどんなことに使うんですか?」

僕が尋ねると、南さんは微笑んで説明してくれた。

「この蝶は「冥府の犬(パピヨン・デ・ラ・モート)」よ。
 なんらかの死に近づくと黒くなって、死者の魂を載せてあの世(冥府)まで行くの。
 でも、世の中には、自分の力ではあの世まで行けない霊もいるから、
 そんな霊たちを救うのが私たちの仕事よ。
 優しく包み込んで、しばらく世の果て<ハンカ国ハテノ街>で遊んで納得してもらえたら、
 それぞれのあの世に電車で旅立ってもらうの。」

南さんはそういうと、蝶の翅のようなキラキラした破片が浮かぶソーダ水を僕に差し出した。

「大丈夫、本物じゃないよ。悪食パライソっていうお店で売ってる鱗粉ソーダ水。
 それに飴でできた蝶の翅を砕いて乗せると、飴の成分のおかげで、
 さわやかなペパーミントのジュレップが桃やリンゴのような甘くて濃厚な味になるの。」

僕はおそるおそる飲んでみた。おいしい。
よく冷えてて、甘くて、それにフルーツポンチのような複雑な甘みがある。

「南さん、ありがとうございます。」
「いえいえ。あと、もうご存知でしょうけど、私たちは“霊を慰めて”供養する存在なのよね。」
「はい。」
「今日は寮に帰ったら、私を死者だと思って抱いてくれない?」
「え、」

僕は声を詰まらせた。確かに南さんとのキスは気持ちいいし、じゃれあうのも好きだ。
でも、彼女には北という恋人がいる。
恋人がいる女性に手を出すのはいかがなものなのか?
ぐるぐると考えている間に、車は寮に着いた。

「さ、とっておきの素敵なことをしましょう。」

部屋に入ると、白いベッドに赤い布がかけられ、枕元にはシャンパンが置いてあった。
さらには浴室を覗くと、薔薇とクチナシの紅白の花弁が浮かんでいた。
誰が準備をしたのだろう、と一瞬考えたが、どう考えてもこれは南の相方のセンスだった。北め…。

「ねえ、もしかして北さん公認なの?」
「そうよ」

おどおどと訊く僕にさらりと答える南。お、大人の女性って怖い……!自分も成人女性だけど!


そう言うと南は僕のネクタイをすっと引き、解いた。
そして、情熱的なキスをしながら、スーツとシャツを脱がしてくる。
口の中に蛇でもいるのではないかというような執拗さで、やっぱりハッカの味がした。
僕が香水とキスの味でくらくらしている間に、南が僕のベルトを引き抜いた。

「ここから先はご自分で。」

そういうと、ピンクの下着だけ身に着けた僕を置いて、体を離してしまった。
少し名残惜しくて、思わず「ちょっと、」と声をかけてしまった。

「私もあなたと平等に下着姿になるわ。」

と、南が後ろを向いて、着ていた布をはらりはらりと落としていった。
黒い肩紐、黒のコルセット、黒のガーターベルト、黒の網タイツ、白のショーツ。
つぎつぎとあらわになる。少女的な体型に、大人の女性の魅力。
まるで椎●林檎の歌のようだ。思わず唾をのんだ。

「……抱きしめて」

普段の南からは想像できないような、艶のある囁き声で誘われた。
それはときどき隣の部屋から聞こえてくる声とも違っていた。

おそるおそる、そっと抱きしめる。
甘い果実のようで、でも、大人びた花のような匂いがした。
普段の、清純な少女が身にまとうようなコロンとは大違いの香りだ。

「……おいしそうだね」

僕はささやき、人生で初めて耳を舐めた。芳醇な甘さの香水に汗の匂いが混ざる。
南が息を漏らし、身をよじる。

僕の中で、何かが枷を外した。
その枷を外した何かは、うねうねと頭の中で蒸気を上げ、熱を帯びたまま腰のほうに逃げていった。

「脱がすよ、いいね?」

今までの僕からは考えられない強気な態度。もう僕を止めることはだれにもできない。

南の唇を執拗に舐りながら、背中に回した指でコルセットの紐を解いてゆく。

「南さんは、…こういうの、好き、なんでしょ?
 …だ、から、…私に、……教えようと、してる…ん、でしょ?」

今まで感じたことのないような高揚感に、抗うことができない。
欲求が、焼けたナイロンの布のように穴をあけて、熱く融けて広がってゆく。


この日を境に、僕は南の教育と、自己の欲求のせいで、どんどん変わってゆく。


2016-07-30 05:15


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