電車とマジック

雨読くんと私 3

第3話「電車とマジック」

陽が沈んだ西千葉駅は、24時間営業のスーパーと飲食店の灯がぼんやりと見えて、正直なところ悪霊より酔っ払いに絡まれそうな様子だった。

ところが、

ーー晴子、線路になにか居るよ…!

雨読が叫ぶ。線路の上には、学生服を着た少女。ずぶ濡れになりながら何かを呟いていた。
遠くからは電車が来る音がする。

「晴子ちゃん、緊急停止ボタンを押して!」

東はそう叫ぶと、線路に飛び込み少女を突き飛ばした。
その瞬間、電車は容赦なくホームに滑り込む。

「東さん…東さーん!!」

名前を呼ぶが返事はない。
雨のしとしと降る音だけが、暗い駅に広がっている。
あっという間の出来事だった。


結局、線路に居た少女は、無事に駅員が保護し、そのあと、パトカーが千葉北警察署に少女を運んで消えていった。
線路に濡れた赤い光がチカチカと反射している。
しかし、東が電車に轢かれた痕跡はなく、探しても足一本も出て来なかった。

雨読と晴子は、仕方なくネットカフェ「セーブポイント」で朝まで過ごすことにした。

(ねえ、雨読くん。東さんが…)
ーー流石にそれはどうにもできないよ。僕はただの思念体に近いから。眠れそう?
(……眠れない)
ーー僕がそばに居るからね。朝までお喋りしようか。

晴子は震えながらカフェラテを飲んでいた。
あたたかかったカフェラテはすっかり冷えて、少し苦かった。

「お客様、カフェラテのおかわりはいかがですか?」

どこかで聞いたことのある声の方向を向けば、なんとペラペラの薄い身体の東が居た。
ご丁寧にあつあつのカフェラテと砂糖をトレーに乗せていた。

ーー東さんはアメコミにでも出たいんですか?

と、雨読は冷静にツッコミを入れたが、晴子はぎこちなく東を抱きしめた。線香の香りはするが、薄っぺらいことを除き無事なようだ。

「ごめんね晴子ちゃん、心配した?」
「した……無事でよかった。いや、……なんか薄くない?無事?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと待ってて…冷たいほうの飲み物貰っていい?」

東は晴子が飲んでいたカフェラテを奪い、飲み干した。すると、魔法が解けたかのように、元の人間状に戻った。

「電車に轢かれるのは2回目だけど、やっぱり痛いね。慣れないよ」

そう言って、ニカッと不気味に笑った。


翌朝。
西千葉のファミレスでパスタを食べていた3人の前に、喪服とはまた違う黒服の者が現れた。

「はじめまして、晴子さん。東がお世話になってます」
「南!来てくれたんだね!」

黒くて大きな傘を持ち、ふわふわの黒いロリータ服で現れた南。
上品で愛らしく、まるでドールのような格好は雨にも負けずやわらかそうな様子だが、白檀の香りがした。

「東、迎えに来たよ。たしか最初に轢かれたときもこんな感じだったわよね」
「そうそう!人間ってあんなバラバラになるんだー!ってびっくりしたよ。あの時は痛かったなー」
「そのうちまたクリスタルチューナーで浄化しなきゃね、この駅。あと、晴子さん……、」

これ、御守りね。と、南は晴子に鈴を握らせた。まるで上質な氷がグラスの中でカランと溶けた時のような、チリンチリンと澄んだ音色が心地よい。

「ありがとうございます……!」
「ふふ、大事にしてね」

どこか大人の色香がある南のふるまいに、晴子はうっとりしていた。

ーーはじめまして、南さん。
「あなたが雨読くんね。よろしくね」

南は晴子の背後の方向に微笑んだ。


晴子は電車に乗りながらうとうとしていた。朝の通勤ラッシュを終えた京成線は、どこか懐かしい色を帯び、赤いシートに人々を乗せてゆっくり走っていた。

(幻聴と会話ができるようになり、死神と掃除のバイトすることになった)

と、いう、現実離れした出来事に頭が追いつかなくて、飴を舐めながら寝落ちしてしまった。
朝日の光と、心地よい揺れがまるで揺り籠のようだった。


晴子は夢を見ていた。
黒い学ランと、中型犬用の赤い首輪を身につけた青年と電車で会話する夢だ。
青年と晴子は電車の赤いシートに、向かい合って座っている。他の乗客はだれもいない。

「名前をつけてくれてありがとう、晴子さん」

優しく微笑む青年は、身長が高くて、痩せていて、それなりに人に好かれそうな格好をしていた。

「もしかして、雨読くん?」
「そう、雨読。名前と依代(よりしろ)をくれたおかげで、僕は一つの存在になれたんだ。それまで、本当の僕は……」

東の恋人だった。

雨読は確かにそう言った。

「え…?どういうこと?」

戸惑う晴子。

「僕は東が生きていた頃の恋人でさ。彼女は明るく元気だったけど、恥ずかしがり屋さんで…一緒にマジックのおもちゃで遊んだり、カラオケに行ったりしてたんだ。今はまだ僕が誰かは気づいてはいないみたいだけどね」

雨読は嬉しそうに語り続ける。
晴子は夢の中でも眠たくて、うとうとしていた。

「次はー成田ぁー、ナリタでーす」

車内アナウンスにびっくりして、晴子は飛び起きた。最寄り駅を遥かに過ぎ、遠くまで来てしまった。晴子はなんとなく疲れて悲しくなってしまった。

ーー大丈夫?晴子さん。

雨読が心配そうに晴子にかたりかける。

(とりあえず、コーヒーでも飲みながらお話ししようよ。私、疲れた。それに、マジックをわたしにも教えてほしいな)

外は丁度、雨上がりで虹が出ていた。

2021.10.08-10:41


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