深夜の線路にて

これは僕がまだ人間だったころの話だ。
雨降る阿佐ヶ谷駅で、線路に身を投げた。
とても痛かった。しばらく雨に打たれ、血を流した。
それでも、開放感に負けて、死んだ。

というのも、僕は所属していた研究所で、芸術兵団への最後の著書を仕上げたところだった。
最初はお絵かきのコツ・作曲のコツなどをまとめた同人誌を書いていたのだが、
仲間との活動が実を結び、仲間たちは得意分野へ散っていった。
僕は創作なんか向いていなくて、バンドメンバーの家でうさぎに人参の葉をやっていた。
そして、たまに見つけた表現技法なんかをまとめた画像や動画をネットへUPしたりしていたものだ。
……ああ、そうそう。最後の著書は「発狂と洗脳の技法」というものだ。
最後の仕上げに、久々に僕は曲を書いた。なかなかの自信作でずっと聞いていたら、発狂して身を投げた感じだ。

死んでから、僕は線路の上で泣いていた。
ワンカップ酒の容器で菊が生けられ、線香が焚いてあった。

「自殺した人はその場で苦しみ続ける。
 天国なんかには行けないし、何度もそこで死に続けるだろう。それは地獄よりもつらいことだ。」

うわごとのように、僕は本の内容を呟いていた。
雨はやまない。真っ暗なホームからは、タタン、タタン、と、線路の上を貨物列車が通る音が聞こえる。

僕は――魂だけの僕は、線路の一部が光っているのを見つけた。触れてみると、奥の方まで続いているようだ。

「やあ、闇に魅入られた少女さん。」

見上げると、喪服に身を包んだ少女がいた。そのままぼーっと見つめていると、そっと白い手袋がほほに触れた。

「そこから先は関係者専用だよ。さあ、私と手をつないで。」

冷たい、とても冷たいキスをした。気が付くと、僕とその少女の手首に手錠がかかっていた。

「さあ、南船橋に行きましょう。」

 *

南船橋?という駅は聞いたことがなかった。
先ほどのファーストキスで、逆に緊張して顔が真っ赤になりそうだった。
そのまま先ほどの少女が軽自動車に乗せてくれたのだが、もしかしたら大人のお姉さんなのかもしれない。

「私の名前は南。あの世のすみっこで、自殺者を冥府に導いて差し上げたりしてる者です。あなたは?」
「私?私ですか…。葬儀屋で働いたり、ネット上で表現活動をやったりしてる者です。」
「葬儀……。あ、これ飲む?」

南さんから冷たいカフェラテの缶を渡された。死んでるのに飲めるのかな、とちょっと疑問に思いつつ飲んだ。おいしい。

「ありがとうございます。変な話ですよね。仏様(※ここでは死人の意)をお送りするのが私の仕事なのに、今は送ってもらうだなんて」

南さんは優しい声で言う。

「私たちは死者をハテノ街までお送りして、魂のリハビリをするんです。いわば供養ですね。
 とんでもない罪でも犯さない限り、殺されることはないし、考えようによっては天国みたいな場所です。けっこう蠱惑的だけど。
 ……葬儀屋さん、実はお願いがありまして。」

目の前には南船橋駅。南さんはなぜか僕の手錠を外し、黒いカードを渡してきた。

「このカードはこっちの世界の電子マネーです。10タンカ(※1万円くらい)入ってる。これから、私と組んで魂を救いませんか?」
「え、でも、私なんにもわからないですよ?」

私がうろたえると、南さんは「慣れるまでは一緒に行動するから。ね。ここに名前書いて。」

私は渡された黒いカードの空白にペンで名前を書いた。

「これ契約書とかじゃないですよね……?」
「ただの電子マネーよ。東ショウコさんって名前なのね。しばらくハテノ街を観光してから、校長に相談しに行きましょう?」

改札を通る。ホームの椅子に座っていると、電光掲示板から見慣れない表示が出ていることに気が付いた。

『3:35 hateno国行き 急行』

「ハテノってどこですか?」
「あなたにとってのあの世ですよ。」

見た感じは、いつもの電車よりも少し古い感じがした。

「東さん、あなたはどうやってあの線路に“道”を開けたの?」

電車に入り、ドアが閉まる時に、南さんが僕に問いかけた。


2016.4.24-23:05

飲んでたもの:森の水便り
BGM:「アリス」ATOLS feat.Vocaloid Fu


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