プロローグ

しとしと、しとしと、雨が降る。
車の中には、紳士物の喪服を着た者が二人いた。
一人はコーヒーを飲み、もう一人は運転席で細めの葉巻を吸っている。

「ねえ東、タバコやめたんじゃなかったの?」
「んー、とびきり寒い日はタバコを吸いたくなるんだよ。」

東、と呼ばれたほうのボブカットの喪服を着た者が、金属のシガーケースをもう一人の喪服を着た者に差し出した。

「南も吸う?」

南、と呼ばれた、ゆるくカーブのかかったセミロングの髪の喪服の者は首を振り、「いらない」と言った。
冷たい雨が降る真夜中。車の中は暖房が効いておらず、コーヒーのみが暖かかった。



二人は傘を差し、住宅街の中の公園へ向かった。
墨のように闇を吸った冷たい雨が、足元で跳ねる。足跡はすぐに雨が洗い流した。
タバコの灯と、憂鬱な街灯のみが、憂鬱な空気を照らした。

公園に着くと、冷たい雨に打たれ、遊具に腰かける者がいた。
長い髪はじっとりと濡れ、白い服は赤茶色の液体が染み込んでいた。

「やあ。寒い中待たせたね。」

東が陽気な声で言い、先ほどまでさ差していた傘を差し出すと、長い髪の者は顔を上げた。

「誰?」

長い髪の者は東に問いかける。

「あの世の公務員だよ。いわゆる死神。生きてる霊能者とかじゃないから安心して。」

東はにっこりと笑う。

「君は自殺したことを覚えているかな?」

長い髪の者はしばらく黙っていたが、静かに頷いた。

「そっか。なら話は早いね。あの世へ僕たちがお送りするよ。」

長い髪の者は驚くほど従順だった。
東は長い髪の者の頬にキスをして、ウインクをした。

南が薄くて小さい紙の包みを取り出すと、そっと包みを開いた。
そこには黒い羽根のアゲハチョウに似た何かがいた。鈍く七色に光っている。
蝶は長い髪の者の膝にとまった。長い髪の者がそれに触れると、長い髪の者はスウ、と光り、
やがて光の玉へと収縮し、蝶の背中に乗った。

南はずぶ濡れの蝶を手に取ると、再び紙に包み、辞書のような本に挟んだ。



二人は車に戻ると、蝶が挟まった本のようなものを助手席に置き、二人とも後部座席に座った。

「東だけに任せると、幽霊さんとエッチしてから帰ってくるよね」と南は言う。
「性に奔放になれたのは、南が僕を調教したからだよ」と東は笑う。

南が東に覆いかぶさるように唇をふさぎ、東のネクタイを外す。
東は真っ白な指を南の腰へ這わせた。


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