紅茶缶プラットホーム ルカちゃんへ (set:他校生/恋のはじまり) ――…また、いる。 ふわふわの栗色の髪に隠れた、意思の強そうな目。 身長が高いからただでさえ目立つのに、細い体にしては大きい制服の下に着た青いパーカーとか、腕についた派手な時計とかがそれを際立てる。 雨の日の朝はほとんど見かけるから、きっと普段は自転車登校。 今日は土砂降りだから、見れると思った。 かっこいいなー。 名前、なんて言うんだろう。 ≪3番ホームに間もなく電車が――…≫ もう、彼が乗る電車来る。もっと見ていたいのに。 ゆっくり3番ホームに停車する電車を見て、壁に寄りかかっていた彼が、一歩一歩進み出す。 ばいばい。 いってらっしゃい。 心の中でそう呟いてると、彼のポケットから何か落ちたのが見えた。 たぶん、定期だ。 そうわかったときには、すでにわたしの足は動いていた。 彼が電車に乗り込む少し手前。それを拾ったわたしは、彼のブレザーを後ろから掴んだ。 「…!?」 「あ、ああああの、すみません急に!」 「…何」 っうわぁ、喋った! いや、当たり前なんだけど、でも。こんな声だったんだって感激して、彼のブレザーを掴んだ手が震えたのがわかった。 「…何?」 もう一度そう聞かれて我にかえる。あぁ、返さなきゃ。 ≪ドアが閉まります≫ 「あ!」 「げ。」 電車のドアが、彼を残して閉まるのを横目で見た。わたしのせいで、彼が乗れなかった。 次の電車は、きっと10分以上後。わたしが乗る電車よりも少し後だ。 「……すみません…」 「…何」 「あの、これ…」 落としました、と定期を差し出す。だけど、あぁ、と手を伸ばす彼の手から逃げるように、定期を持ったまま手を引っ込める。 「…何」 「むらさきもん、ちか?」 「は?」 「名前です、名前!」 定期には名前が書いてあるから、思わず見てしまった。 「…しもん。紫門稚嘉」 「紫門さん……」 年はひとつ上。高2か。 ずっと知りたかった。 「あんたは?名前」 「え!あ、黒崎ですっ、黒崎ルカ!」 「ルカ、拾ってくれてどーも」 「いえ、お構いなく!」 うわあ、名前呼ばれた。しかも呼び捨てで。かっこいい目でわたしを見下ろしながら。 「ちょっと待ってて」 定期を無事受け取った紫門さんは、そう言って近くの自販機へ向かった。のどが乾いていたのかな。 ≪4番ホームの電車はただいま雨天の為運転を見合わせています≫ 「えぇっ…」 「なに、4番の電車なの?」 「あ、はい」 遅刻だなぁ。 「雨だし仕方ねーよ。ん」 「え?わっ」 いきなり手に乗せられたものの熱さに驚いて、慌ててカーデの袖をしいて持ち直す。 紅茶だ。 「えっと…」 「お礼」 「あ、ありがとうございます……紅茶好きです」 「よく飲んでたの見たから、そうかなとは思った」 「あ、はい」 缶を空けた。紫門さんも同じ紅茶を飲んでる。 「っえええ!?」 「…何」 「よく飲んでるの見たってなんですか!?」 「見た」 「見たじゃないです!なんで見てたんですか!」 「…さあ?なんでって聞かれても、その辺の景色見てんのと同じような感覚だったし」 「あ、そうですね」 そうですねぇ…。 わたしみたいに、意識して見てたわけじゃないですよねそうですね…。 「うるさかったり静かになったり、慌ただしいな」 「すみません…」 「そういえばルカ、いくつ?」 「え、じゅうご……あ、16だ」 「え、なんで今言い直したの?」 「いや、今日が誕生日だったからまだ慣れなくて」 やぁ忘れてた忘れてた。 お母さんも、朝おめでとうくらい言ってくれたらよかったのにさ。 |