A requiem to give to you
- 過去より今を、今より未来を(1/7) -



この世で一番恐ろしいのは幽霊でも魔物でもない。自然災害や事故は直接的な死に繋がるから、また別としても……心の死を齎しかねないとすれば、それはやはり同じ人間なのだろう。

色恋沙汰やら個人の持つ能力への羨望、嫉妬から来る暴力や犯罪紛いの衝動。はたまた自分より劣る者への愉悦感から来る支配的な圧力。

特に子供は残酷だ。物珍しい事に興味はあれど、それに対する言動は悪意の有無に限らず相手を平気で傷つける。

悪意がある場合はもっと最悪だ。相手を貶める事を娯楽の一部だとでも思っているのか、時として人としての尊厳などなかったかのように扱う者もいる。

人より劣っている。その理由だって様々だろう。病気だったり、事故だったりと……その苦しみは所詮本人にしかわからない。痛みを理解しようと支えてくれる人達がいなかったら、きっとこの心はとうの昔に壊れていた。

全てを投げ出さずに、今の自分がこうしていられたのは……己を窮地から救ってくれた医師と、ずっと側に居てくれた友人達のお陰だった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







職人の街シェリダン。荒野の大地ラーデシア大陸の東側に位置するこの街は、譜業技術最高峰の街として有名な場所だった。

似た性質の持つベルケンドとは違い、譜業装置その物を作る事に長けた者達が集まるこの街にガイの提案でグレイ達は来ていた……のだが、



「ルーク、見ろ! 譜業の山だぞ、この街!!」



街に入った瞬間、まるで宝の山でも見つけたかのように目をキラキラと輝かせて、街の至る所に設置されている譜業装置を指差すのはガイだった。

普段の彼の落ち着いた雰囲気とは違い、まるで小さな子供のようにはしゃぐその姿に見慣れないアニスやイオン、ティアは目を丸くし、ルークやナタリアは呆れながらも苦笑を漏らしていた。



「お前なぁ……」

「是非ヒースにも来てもらいたかったなぁ……! 前に約束した時は結局行けなかったから、絶対喜んだだろうに」

「それは仕方がありませんわ。ヒースはレジウィーダと一緒にセントビナーの人々を守ってくれているんですもの」



惜しそうに拳を握るガイにナタリアも少し残念そうにそう返す。



「まぁ、無事に救出が出来ればいつでも来れるでしょう。その為にも、ガイ。本来の目的は忘れてはいませんよね?」



ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げながら圧をかけると、ガイは慌てたように両手を振った。



「も、勿論さ! その為に来ているんだからな!」

「なら、早くその飛行実験をしていると言う場所へ案内しなさいよ」



場所はわかっているんでしょう、と問うタリスの言葉に頷きながら、ガイは改めて皆を案内し始める……が、




「うわぁ……この譜業の構造はどうなってるんだ!? 風量の調節はこの螺子か!?」

「ガイ………」



道中に気になる譜業を見かける度にコレである。これでは目的地に辿り着けず、時間ばかりがかかるだろう。

一同がどうしようかと顔を見合わせた時、タリスがスッとガイに近づいた。



「ガイ、












そろそろ地獄の底に沈められたいのかしら?」



彼に触れるか触れないかくらいの至近距離でにっこりと笑って放たれた言葉に場の空気が凍る。それに流石のガイもハッとしてタリスを見、そして絶叫しながら全力で飛び退いた。



「ぎゃああああああっ!?」

「あら、相変わらず失礼ねぇ。人の顔見て逃げるだなんて」

「し、知ってるだろおおおおっ!?」



最早可哀想なくらい震えるガイだったが、仲間達は苦笑を禁じ得ない。

タリスは一つ溜め息を吐くと一歩下がった。



「楽しいのはわかるけど、今の優先順位を考えて。事は一刻を争うのよ。後でゆっくり見れば良いでしょう?」

「はい、大変申し訳ありませんでした」



素直な謝罪にタリスは満足げに頷くと、再びガイに案内を促した。これでようやく話が進みそうである。

そんな一連の流れを最後尾から見守っていたグレイは歩き出した仲間達を追おうと足を踏み出した時、ふと一つの建物に目が行った。



「…………?」

「グレイ、どうしました?」



気になって見ていると、イオンが声をかけてきた。しかしグレイは首を横に振った。



「いや、別に」

「あの建物が気になるのですか? 特に何かあるような感じはしませんが……」



イオンもグレイが見ていた建物を見るが、何の変哲もない少し大きな家だと言う以外には特に何もなさそうで首を傾げる。



「本当に何もねーよ。ただ、何か音が聞こえたような気がしただけだ」



そう言って上着のポケットに入れたままになっている箱を服の上から触れると、グレイは気を取り直してイオンに「早く行こう」と先を促した。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「はぁ………」



連絡船にてダアトへ戻ってきたフィリアムは長い船旅の疲れから大きな溜め息を吐いた。

港から街までは少し距離があり、そこを歩くのも正直なところかなりしんどく、早いところ自室のベッドで休みたいところだ。

街に戻って直ぐ教会に入り、シンクから預かった報告書の入った封筒をモースに提出して漸く自由の身となったフィリアムが廊下を歩いていると、前方から見知った上司が歩いてくるのに気が付いた。
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