A requiem to give to you
- 雪女の囁きと切られた糸(1/7) -



たった一つの狭い世界にいた。そこは大きなシガラミとは無縁で、やる事、考えることは一つでとても楽だった。

条件を満たせるようになるだけで良い。それが近道だと思っていたから、そこに愛なんてなくても良かったし、気にもしてない。

だから友達なんてモノもいらないし、両親に普通の子と同じように接してなんて願わなかった。



でも、人間生きてると誰とも出会わないなんて事は出来ない。況してや同年代の子どもなんて、好奇心の塊だから、普通と違うモノに興味を持つのは必然。

狭い世界なんてあっと言う間にこじ開けられた。



閑話休題。



皆と出会ってからの数年。色々な思い出を作ってきた。

様々な場所に行ったし、たくさんの人とも関わってきた。

そのどれもが新鮮で、広がった世界はとても輝かしくて、大切なモノがたくさん出来てしまった。

もっともっと、見てみたいと……行ってみたいと思った。



しかし、大切にしていた筈の記憶は……いくつか朧げで、そもそも無くなってしまった物まであるだなんて。普通に生活していたら気が付くわけがない。

今の自分達の関係性は悪いとは思っていない。なんだか偶に不穏な空気を出す人らもいるけれど、でも離れようとは思わないみたいだから……これで良いのか、と様子を見守るだけに留めておいた。

今の自分の環境に不満はない。時々、モヤッとする事はある…………特にアイツ。あの不良擬きのバカ男。

何故かアイツに関する事がとても曖昧で、昔どんな事をして、その時にどんな感情であったのかなどが全くわからない。

アイツに関する何か大切な事も知っていた筈なのに、それすらも思い出せずにいる。



でも、一つだけ。アイツとの思い出ではっきりと覚えている事がある。

初めて今の街に引っ越して来た日に、公園にある樹の上にいたアイツに言われた言葉。



『お前のそれ、スッゲェ気持ち悪い』



思えばこの時から、あたし達の関係性は確立されていたのかも知れない。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







白銀の街ケテルブルク。北の大地とも呼ばれるシルバーナ大陸に位置するこの地域は一年中雪が降り、その名の通り白銀に染めるその景色は観光スポットとしても人気である。

普段はなかなかお目にかかれない雪にルーク達は寒いと文句も言いはするものの、その物珍しさに目を輝かせているのも確かだった。

───そして、時は街の知事であるネフリーによりタルタロスの修理を依頼した翌日の朝の事である。



「なんでやぁああ……皆ずるいぃぃぃ!」



ベッドに横になるレジウィーダのそんな叫び声が部屋に響き渡る。それを見てヒースが呆れたように口を開いた。



「あのな、熱が出てる奴を連れて行けるわけないだろ」

「元気元気! 超元気! 熱なんてないよ、きっと!」

「そんな真っ赤な顔をして言われても説得力がありませんわ」



ヒースに続きナタリアもそう言うと、レジウィーダの額に絞った濡れタオルを乗せた。

そんな光景を見てタリスも苦笑するしかなかった。



「本当よ。折角一日フリーなのに熱なんか出して……残念だけど、今日はお留守番ねぇ」

「いやじゃぁぁぁぁっ! あたしも皆と行きたいー!」



両手をブンブンと振り回し、まるで小さな子供のように駄々を捏ねる。元々そんな所もあったが、いつにも増してるその素振りにルークやガイはどうしたら良いのかわからずに困ったように顔を見合わせていた(因みにジェイドはタルタロスの修理について詳しく話をする為にネフリーの邸へ、アニスとイオンは先に街の観光をしに行っている)

そんな中、ティアがハッと思いついたように手を叩いた。



「ねぇ、レジウィーダ。確かスイーツが好きだったわよね?」

「? まぁ、好きだけど」



質問の意図が掴めず首を傾げるレジウィーダにティアは提案した。



「聞いた話だと、ケテルブルクにチーグル製菓新作のスイーツが販売されたらしいの。お土産にたくさん買ってくるから、今日はしっかりと休んで欲しいの」



ね?と美人の少し困ったようなお願いにレジウィーダは一瞬悩殺されかけたが、何とか耐えた。

しかし美味しいスイーツがタダで食べられる事と皆と無理してでも観光に行く事を脳内天秤にかけた結果、名残惜しげに「行ってらっしゃああああい……」と力無く皆を送り出したのだった。



「何か、行く前からすげー疲れたんだけど」



レジウィーダの部屋を後にしたルークは肩を落としながらそう言った。それにタリスが「あら」と返す。



「貴方は何もしていないじゃないの」

「いや、そうなんだけど……なんて言うか、やり取りを見ているだけで居た堪れないと言うか、罪悪感が募るというか……」

「まぁ、言いたいことはわかる」



俺も似たようなモンだからさ、とガイもルークに同意すると、ナタリアとタリスは揃って肩を竦めたのだった。
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