A requiem to give to you
- 雪女の囁きと切られた糸(2/7) -



そこでふと、ティアが朝から姿が一切見えない人物の存在に気が付いた。



「そう言えば、グレイは?」

「ああ、あいつなら……『寒すぎて無理! 今日は絶対に外になんか行かねェ!』と毛布達磨になって出不精宣言かまして来たからそのまま置いてきた」



ヒースのそんな返し一同は昨日の彼の様子から容易に想像が出来たであろうその姿に苦笑するしかなかった。

しかしそこでナタリアは何故か一人憤慨していた。



「まぁ! こんな素敵な雪景色で観光スポットにも溢れた場所に来ているのだと言うのに、恋人を放置して引き篭もりだなんて……! 殿方の風上にも置けませんわ!」

「ふふ、そうねぇ。でも……彼のアレは割といつもの事だから今更気にしていないわ」



元々そんなに外に出るのも好きではないし、とそう言ったタリスにヒースも力強く同意する。



「僕たちの世界の諺で「子供は風の子」だなんてありますけど、正直外で駆け回るより家でゲームしている方が楽しい」

「皆でゲーム機やパソコンを持ち寄ったり、お互いの家で通話しながら遊んだり……とかねぇ。懐かしいわ」

「へぇ」



自分達の世界では未知の遊びにルーク達は興味深そうに聞いていた。しかしルークは「でもなぁ」と難しい顔をした。



「折角天気が良い日も引き篭もるってのもなんか違うな。俺はやっぱり剣の稽古とかが楽しかったから」

「まぁ、ルークの場合はそうよねぇ」



そもそも外に友達もいなかったし、何よりヴァンとの稽古を本当に楽しんでいた。彼とタリス達とでは根本的に置かれていた環境も違ければ、元々の趣味だって違うのだ。



「ま、文化の違いもあるからその辺は仕方がないさ」



でも……とヒースは続ける。



「もしも君達の誰かがこっちの世界に来る事があったら、地球の遊びをたくさん教えてあげたいよ」

「そうだな」



その時は是非頼むよ、とルークが笑うと、ヒースとタリスも「勿論」と頷いた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







───理に愛されし者



聞き覚えのある声にヒースは足を止めた。



(昨晩聞いたのと同じ……? 気のせい、じゃないよな?)



ホテルを出てからルーク達と一緒にケテルブルク屈指の観光スポットを巡っていた。最近出来たばかりらしい迷路屋敷や、最近トレンドになっている絶景が見れる場所、美味しい物が食べられるお店。

カジノ……は未成年が多すぎて入れなかったが、それを抜きにしても見処も楽しみも多く、次はどこへ行こうかと話す女性陣を眺めながらルークやガイ達と後ろを着いて歩いていた矢先の事だった。

昨日はただの聞き間違いだと思い、それ以上気にすることはなかった。しかし今日もまた聞こえてくるとなると、いよいよ空耳ではないのだと思い、ヒースは自分以外に聞こえていないかと仲間達を見る。

しかし可能性がありそうなタリスやルークを含め、誰もあの謎の声を聞いたような素振りはなさそうだった。



(えー……どうしようかな)



正直、相手の正体がわからないのに下手に反応しても良いものだろうか。しかし声から悪い気を感じるわけでもなく、背筋が凍るような感覚もない。

寧ろ、少し既視感もあった。それはまるで、初めて第三音素《シルフ》の声を聞いた時のような……



「………………行ってみるか」



そう一つ呟くと、ヒースはそっと仲間達から離れた。

するとそれを見計らったかのように、再びあの声が聞こえてきた。



───街の外で、待ってる






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「ここで良いのか?」



念の為にホーリーボトルを全身に振りかけてから一人街の外へ出たヒースは魔物一匹いない広い空間を見渡していた。



「出てきてくれないか?」



恐らく己の呼んだモノはここにいる。そう確信して声をかけると、それに呼応するように風が吹き、目の前に雪が集まり始めた。

驚きに声もなく見守っていると、それはやがてヒースと同じくらいの大きさになり、氷を纏ったかと思うとパリンと小さく音を立てて割れた。



「君は……?」

『初めまして、だな』



そこから出て来たのは黒く長い髪の女性だった。見た目は年若く、20代半ばくらいだろうか。

しかし彼女の持つ青い肌、青いカチューシャ、尖った耳、蒼いサファイアを思わせるような瞳。この地には合わない肌の露出の多い服(別にいかがわしい意味ではない)を身に纏うその女性は、明らかに人ではなかった。

しかし不思議と恐怖はなく、冷たそうなその見た目とは違い、こちらを見る眼差しはどことなく暖かく感じた。



「初めまして、僕はヒースです。えっと、君の名前は?」

『我が名はセルシウス』

「セルシウス?」



どことなく聞き馴染みがあるようなないような。思わず王蟲返しで問うとセルシウスは一つ頷いて続けた。



『我は氷。第四音素《ウンディーネ》の眷属でもある』

「眷属……え、とつまり音素集合体ではないって事か?」

『限りなく近く、そして遠い。しかし我は我の意志の元でここにいる』

「そうなのか」



と、は言ったもののヒースには全てを理解するのは不可能だった為、一先ず頷いておく。



「それはそうと、何で僕を呼んだんだ?」



態々個人で呼び出して来たのだ。何かあったのだろうかとヒースは問う。それにセルシウスは己の後ろに聳える雪に染まる山々を振り返った。



『あの場所に……世の理に反する者が眠っている』



その言葉にヒースも山岳を見据える。標高がとてつもなく高いという訳でもなさそうだが、あそこへ行くのはかなり骨が折れそうである。

そして理に反する者とは何だろうか、と考えるも答えは出なかった。



「僕に、何とかしてほしいって事か?」



その問いにはセルシウスは首を振る事はなく、少し悲しげに眉を顰めた。



『アレは生き物の音素を喰らう。下手に行けば……死ぬだろう。今はまだ眠っているが、もしもアレが動き出した時は……気をつけろ』



お前は特に、我らの影響を受けやすいのだからな。
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