A requiem to give to you
- 遠い記憶が望むコト(1/9) -



───早朝。朝日が上り始め、陽の光が雪の白に反射して映るそれはより一層幻想的とも言えた。

今日はヴァンの待つアブソーブゲートへと旅立つ日。まだ確認はしていないが、恐らくアルビオールの調整は終わっている事だろう。あとは皆が起きて準備さえ終われば、いつだって行ける。

今現在、仲間達の殆どはまだ眠っているだろう時間。街にもまだ住人の姿は見えず、生き物の鳴き声が微かに遠くの方から聞こえてくるくらいの静かな朝だ。そんな中、三人の人間が宿の前に佇んでいた。



「えーっと、話って?」



レジウィーダは首を傾げながら己を呼び出した人物を見た。彼女の隣りでは同じく呼ばれたらしいグレイがとてつもなく眠そうに頭を揺らしており、目も殆ど開いていない。そんな二人の様子にフィリアムは苦笑を浮かべながら「突然ごめん」と謝った。



「出発前に二人に………と、言うか兄貴にお願いがあって」

「こいつに?」

「うん。でも姉さんにも関係があるから一緒に呼んだんだ……………って兄貴、起きてる?」



元来、昼寝を趣味とするくらい眠りには貪欲なグレイは、一度深く寝入ればなかなか起きてこれない。本来の起床予定よりもかなり早い時間に叩き起こされた為か、その反応は鈍い。それでも一応話は聞いていたようで、フィリアムの言葉に「起きてる」と短く返しながら左手を振っていた。



「………それで、なにすりゃ良い?」



目を擦り、何とか頭を覚醒させてそう返すグレイ。これが他の者だったならば「面倒臭い」で片付ける彼だが、義弟としているだけあってかフィリアムにはやはり甘い。こんな状態でも協力的なその言葉に内心で感謝しつつフィリアムは頷いた。



「あのさ───















兄貴の力で、俺の中にある《宙の記憶》を姉さんに戻して欲しいんだ」



そう言ったフィリアムの言葉には、流石のグレイも眠気を吹き飛ばさざるを得なかった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







朝、全員が宿屋の前に集合し、先に待機していたノエルからアルビオールの修理が完了したと報告を受けた。タリス達は直ぐに港へ向かいアルビオールへと乗り込むと、見送りに来ていたネフリーと療養の為にこの地に残る事となったイオンに別れを告げて大空へと飛び立った。



「イオン様、大丈夫かな……」



窓の外を覗くアニスが心配げに言葉を漏らす。導師守護役として本当ならば側についていたかったのかも知れない。しかし彼女をルーク達について行くよう命じたのは、他でもないイオン自身だった。共に行けない自分の代わりに、とアニスを送り出したのだろう。



「大丈夫よ」



と、タリスは微笑んだ。



「一晩休んで顔色も大分良くなっていたし、それにネフリーさんのところなら余程の事がない限りは安全だと思うわ」

「そう、かな」

「そうよ。だからアニスがいつまでも不安になっていると逆に心配されてしまうし、何よりも上手く行くものも行かなくなるじゃない。それだったら、いつものようにどんな相手も蹴散らすくらいの気概でいないとね!」



そう言ったタリスの言葉にアニスは目を丸くすると、それから頬を膨らませた。



「ぶーぶー! 蹴散らすとか、まるでアニスちゃんが野蛮な奴みたいに言わないでよぅ!」

「あら、野蛮だなんて言ってないわ。勇ましいとは思うけど♪」

「アニスちゃんはか弱くて、可憐なんですぅ!」



そう言うも、その声色は決して怒っているわけでもなく、いかにも彼女らしいそんな姿に二人を見守っていた者達も静かに安堵していた。

それからアニスはルーク達に絡みに行き、また賑やかな雰囲気でやり取りを楽しんでいた。それに目を細めて笑ったタリスは、途端に難しい表情をした。



「………………」

「タリス?」



どうかしたのか、と声をかけてきたのはヒースだった。グレイは乗り物酔いをしないように隅で目を閉じ静かに座っていて、レジウィーダはルーク達と話している為、彼の側には今は誰もいなかった。

タリスはいえ、と一つ返し、それから気になっていた事をヒースに告げた。



「アッシュがね」

「アッシュ?」



鸚鵡返しされた言葉に頷く。



「彼、昨晩ケテルブルクに来ていたわよね」

「ああ、確かにいたな」



ノエルに用事があったようで何かを話していたのはヒースも知っていた。



「まぁ、その前からいたのは気付いていたんだけどね」

「そうなの?」

「ああ、実はさ……」



ヒース曰く、昨晩部屋で休んでいた時に突如激しい第七音素の流れを感じたのだと言う。以前からアッシュがルークにコンタクトを取る時に発していた物と同じらしく、直ぐにアッシュが来たのだとわかったらしい。



「そうだったのねぇ………でもそれって、あなた今までもルークとアッシュの脳内会話が聞こえてたんじゃないの?」

「まぁ、そう言うことになるね」



あっけらかんと答える彼にタリスは呆れた。



「だから、そう言う事はもっと早く言いなさいよ」

「それどころじゃない事が多すぎて忘れてたよね」



それも一理あるし、優先度的には確かにそこまででもないからこれ以上突っ込むのはやめた。

それよりも、だ。



「まぁ、それはともかく。そのアッシュの事なんだけど…………」



ノエルと話をしているアッシュの姿を見た時に、妙なモノが見えたのだ。まるで───彼の体から光が抜けていくような、そんな何かが。



「光?」

「ええ…………多分、他の人には見えていないと思うわ」

「それって、霊魂関係って事なのか……?」



少しだけ顔色を悪くしながらそう問うヒースにわからない、と返す。



「霊魂が何かしたって感じではないわ。ただ…………何だか魂が少しずつ離れていっているような、そんな感じがして少しだけ怖いと思ったの」

「…………………」



ヒースは顎に手を当てて考える。しかし上手く答えを導き出せなかったようで、直ぐに肩を竦めて首を振ったのだった。

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