A requiem to give to you
- 桜色は笑う(1/8) -



ケテルブルク某所、病院にて───



「ジェイドの鬼! 悪魔! 乱暴鬼畜めがねぇえええええええっ!!!」



マルクト兵に取り押さえられたディストが大量の涙と鼻水を垂らしながら叫んでいた。そんな彼があまりにも哀れに思えたのか、兵士達は煩わしそうしながらも「良い大人が泣くんじゃない」なんて言いながら宥めている。

それを少し離れた場所から見る事となったネフリーが大きな溜め息を吐き、またそんな彼女よりも更に離れた場所にいたシンクは隣にいたクリフを見た。



「これ、ボクも行った方が良いと思う?」

「おや、それを私に聞くんですか?」

「非常に不本意だけど、他に聞けそうな奴がいないからね」



ジェイドは特に誰を捕える、とは言っていなかった。彼の性格上、ディストの話を聞いて誰を……と言ったらまず彼しかいないだろうと思っていたネフリーは、六神将のしてきた事の詳細など知る由もない。シンク自身としては出頭しろと言うのならば別に構わないのだが、肝心の指示を出した人物はここにはいない。

クリフはそんなシンクの言葉に肩を竦めると、緩く首を振った。



「私一人ではそんなの判断つくわけありません。誰かの意見が欲しいのなら、もっと適役がいると思いますけどね」

「………………」



シンクは黙り込む。実は先程から穴が開きそうなほど、黙ってこちらを見つめる視線を感じているのは知っていた。しかしどう切り出したら良いのかわからないし、相手も同じような感じなので取り敢えず無視を決め込んでいたのだが………クリフの言っている事もまた事実。現状、シンクの身柄について判断出来るであろう者は、魔物の子供と共に何故か一人この場に残った”彼”しかいなかった。



「………ねぇ」

「あ、はい! 何でしょう?」



仕方なしに声をかけると、彼………イオンは緊張した面持ちで返してきた。



「今の話聞いてたんなら、ボクはアンタの部下としてどうすれば良い訳?」



レプリカであろうとも、今の彼はシンクの所属する教団の最高指導者だ。もしもイオンがディストと共にお縄について来いと言うのならば、それ程の事をしてきた自覚は十分にあるので行こうとは思っている。

イオンはそんなシンクの問いに少しだけ考えるような仕草を取ると、先程とは打って変わって落ち着いた様子で口を開いた。



「本当ならば、貴方を今すぐに逮捕してダアトへ帰還させるべきなんです。貴方自身、特にマルクトへの直接的な被害も出しているので、軍法会議は避けられない…………ですが、」



一度言葉を切ると、イオンは優しく微笑んだ。



「今の貴方が僕達の味方であるのならば…………僕は導師の名に賭けて、貴方を守りたいと思います」

「……………!」

「だって貴方は、間違った世界の在り方を正そうとしただけなのだから」



やり方はともかく、ね。

イオンはそう言ってシンクへと右手を差し出した。



「僕はね、シンク。貴方が生きていてくれて、本当に良かったと思います。貴方がタリス達と帰ってきたと聞いて、とても嬉しかったんですよ」

「………何でだよ。ボクは、お前達を殺そうとしたんだぞ」



その言葉にイオンは頷く。



「知っています。………僕には、貴方の感じた悲しみや痛みはわかりません。ですが、人といる事の暖かさは知っています。だからこそ、これから先を共に歩みたいんです」

「……………………」

「今直ぐにとは言いません。貴方とはこれから何ヶ月、何十年と経った時。一緒に生きる事を喜べるような、そんな関係になりたい」



貴方はどうですか、シンク?

シンクはイオンの手をじっと見つめる。この間までの己であったなら、この手を振り払い、鼻で笑っていた事だろう。しかし今は───どうにもそんな気が起きなかった。

やがてシンクは大きな溜め息を吐き、差し出された、しかし自分よりも随分と綺麗なその手をしっかりと握ったのだった。



「「…………………」」



そんな二人を見守っていた一人と一匹は、顔を見合わせて笑った…………ような気がした。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







レジウィーダは突然、己とネビリムの間に入ってきた人物を見て目を見開いた。



「ジェ、イド…………?」



小さなその声は、しかし目の前にいた彼には聞こえていたようで、「はい」といつもの調子で返ってきた。



「ジェイドですよ〜…………それにしても、貴女は本当にいつも何かしら問題が起こっていますね」

「ちょっと、まるであたしがトラブルメーカーみたいな事を言うなよ!」



頬を膨らませて憤慨するも、ジェイドは驚いたように顔だけこちらに向けた。



「え、違うのですか?」

「違うしー! トラブルが勝手に寄って来るんですー!」

「意味が分かりませんよ…………と、それよりも」



と、掛け合いもそこそこにジェイドは素早く槍を取り出し、ネビリムへと投げつける。それを避ける彼女にすかさず術で追撃をした。



「終わりに安らぎを与えよ───フレイムバースト!」

「雷雲よ、貫け───サンダーブレード!」



炎の爆発攻撃にネビリムも雷の剣を放つ。術同士がぶつかり合い、それらは爆発と共に相殺された。

そしてレジウィーダは思い出したのだった。



「この雷………もしかしてダアトで襲ってきたのって!」



その言葉にネビリムは目を細めて笑う………それが答えでもあった。

その時、背後から己とジェイドを呼ぶ声が聞こえてきた。



「レジウィーダ!!」

「ジェイド! 二人とも無事か!?」



ルーク達だった。こちらへと走ってきた仲間達はレジウィーダの側まで来ると、安心したように息を吐いた。
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