A requiem to give to you- 願わくは、平和な世界で(1/8) -
誰もが知り、しかし誰も知らない……そんなとある場所の一室。ダアトを去り、新たなる拠点へと移したヴァン率いる神託の盾兵をまとめる幹部とその補佐らは、次なる作戦の為集まっていた。
「シェリダン襲撃作戦以降、シンクの消息が絶った。既に二週間以上経っているが未だに連絡がない。ティアやレプリカ共が地核から戻っている所を見るに、生存率は限りなく低いだろう」
淡々とそう述べたのはリグレットだった。
「アッシュは閣下の意思に従う様子はなく、バチカルではレプリカ達を救出したとも報告があった。閣下の意向としては奴の力が必要だから、下手に処分も出来ない」
「……まるで反抗期の子供のような行動だな」
続けられた言葉にラルゴが深い溜め息と共にそう言うと、一人笑顔を絶やさないシルフィナーレが面白そうに手を合わせた。
「まぁ! 確かにそう言われればそんな感じがしますね!」
「表現だけ和らげても、状況が著しい事には変わりはない………アレがもっと素直であったのならば、もう少し事の運びは楽だったのかも知れないけれど」
「それを言ったところで仕方があるまい。全ての者が皆同じ思考を持てるわけではないのだからな」
だからこそ、我々のような者も生まれるのだから。
そんなラルゴの言葉は的を得ている。リグレットも疲れたように額を抑えながら頷くしかなかった。
「シンクについては残念だ。それにアッシュのアレは最早仕方のない事でもある。………後の問題は、ディストだ」
リグレットはそう言ってシルフィナーレを見た。
「前にシルフィナーレ、貴女と共に休暇を取って以来姿が見えないのだけれど…………何か知らないか?」
「そうですねぇ」
その問いを受け、シルフィナーレは考えるような仕草を取ったかと思うと、少しだけ困ったように眉を下げた。
「ケテルブルクの方までご一緒しましたけれど、帰りは別々になりましたので私にはなんとも……」
「……そうか」
一体どこへ行ったのか、とケテルブルクと聞いて何となく察したのかリグレットはどこか呆れたように溜め息を吐くと、早々にその話を終わりにした。それからリグレットはヴァンから預かっていた次の任務内容を他の者達に伝え、三人がそれに了承したのを確認すると直ぐにその場を去って行った。
「六神将なのに、六人じゃなくなっちゃった……」
話の最中、縫いぐるみを強く抱き締めたまま一言も話さなかったアリエッタが小さく呟いた。ラルゴはそんな消え入りそうな声の主を見て、そして首を横に振った。
「我々はいつでも死と隣り合わせだ。いくら人よりも実力があろうとも、戦いに身を置いている時点でいつその命が脅かされてもおかしくはない」
「………わかってる、でも………やっぱりちょっと、寂しい」
「アリエッタ……」
いつもであれば甘い事を言うなと苦言を呈するラルゴですら、今のアリエッタには何も言えずにいた。出来た事と言えば、己よりもずっと下にある頭を撫でてやる事くらいだった。
「クリフも」
と、アリエッタは言葉を紡ぐ。
「いないの。……何も言わずにいなくなっちゃった」
「クリフが?」
うん、と頷く。
「皆、アリエッタの周りからいなくなっちゃう………イオン様も、そう」
「だが、導師は”いる”。ヴァン総長と約束したのだろう? 必ず、導師守護役へ戻れるようにすると」
「……うん」
「ならば、今は己の出来る事をするしかない。全てが終わった時、生まれ変わった世界で夢を叶えるのも………悪くはないだろう」
優しい嘘。しかし真実は残酷。決して戻る事のない現実を伝えられない事にどこか引っ掛かりを覚えるも、しかし真実は伝えられずにラルゴはもう一度アリエッタの頭を撫でると、彼もまたその場を後にしたのだった。
残ったのはアリエッタとシルフィナーレの二人。アリエッタは気持ちを切り替えるように縫いぐるみを抱え直すと、その場を離れようと足を動かそうとした………その時、
「………ただ待っているだけでは、何も変わりません」
黙って成り行きを見守っていたシルフィナーレの声が静かに木霊する。アリエッタはそんな彼女を見上げた。
「大事な物は自分で守り、手に入れるべきだと私は思います。黙っていれば誰かがやってくれるだろうと思うのは、ただ怠惰なだけです」
「シルフィナーレ?」
アリエッタが戸惑ったように彼女の名を呼ぶが、シルフィナーレは首を横に振った。
「だって、気がついたら全てがなくなっているだなんて………辛いじゃないですか。それに、嘘はいつかバレます。ですが真実を知った時、それを誰かのせいにする資格など、何もしなければ持つ事すら出来ない」
だから、
「本当に知りたいと思うのなら、自分で動くべきだと思います。何が起きているのか、その意図は、真意は………あなたが欲しい物を手に入れるにはどうするのが正解なのか。ヴァン様にしても、リグレットさんやラルゴさんにしても、そして……私も。己の欲しい物の為に動いています」
「私の、欲しい物……?」
「夢は、自分で叶える物です………───ああ、でも」
シルフィナーレは憐れむように頬に手を当てた。
「アリエッタさんの場合は、少し勝手が変わってくるのかも知れませんね」
「? どう言うこと?」
意味がわからない、と首を傾げるアリエッタに、シルフィナーレは「だって、」と言って少しの間を開けると、それからほんのりと形の良い唇を上げた。
「あなたの欲しい物は、決して手には入らない場所にあるのですから」
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