A requiem to give to you
- 知らない時間とぶつけた本音(1/7) -



身体はあるのに、感覚がない。上も下も、左右にだって何もなく、まるで空気にでもなったかのように、ただただこの不思議な空間をグレイは漂っている。

果たしてここに来てからどのくらいの時間が経ったのだろうか。最後に視界がブラックアウトしてから、次に意識を浮上させた時には既にこの場所に来ていた。それから指の一本も動かす事は叶わず、しかし時折、何もないと思われたこの空間に流れてくるモノを視界と耳を掠めて行くのを感じていた。

───今もまた、ソレらは現れた。



『……みんな、俺に命を下さい。俺も………俺も消えるからっ!』

『必ず! 必ずよ! 待ってるから、ずっと。ずっと………』

『……死ねば、殴られる感触も味わえない。良い加減、馬鹿な事を考えるのはやめろ』

『死んで下さい、と言います。私が権力者なら……───友人としては、止めたいと思いますがね』

『あたし……あたし……イオン様を殺しちゃった……! イオン様……あたしのせいで……死んじゃった…………死んじゃったよ!』

『貴方は、倒すべき敵なのですね……ならば、こちらも戦士として向き合うまでです!』



よく知る旅の仲間達の、知らない言葉、表情、そして………時間。瞬く間に、まるで時間の一部を切り取ったかのようなソレが流れていくと、直ぐに次のソレがやってきた。



『ママ……みんな……ごめんね。仇を討てなくて………イオン様………ど、こ……?』

『……良い腕だ。メリル………大きくなったな……』

『ああ……ネ、ビリム先生………今、そちらに…───』

『ボクは空っぽさ。だが、構わない。誰だって良かったんだ。預言を、第七音素を消し去ってくれるなら!』

『人は………誰かの為でなくては、命はかけられない。少なくとも、私はそう……。私は……あの人とその理想を愛し、その為に命をかけようと思った……それが私の意志………ただ、それだけ……よ』



仲間、と言う意識はお互いにないものの、冷たく厳しい中にも、ほんの少しの賑やかさを感じた人達。そんな人達が皆傷だらけの血まみれで、その誰もが死の淵である事が窺える瞬間だ。



『今まで、ありがとう………僕の一番……大、切な……───』

『あいつが、俺の超振動を利用したいだけだって事はわかっていたが、それでも良いと思ったんだ! あいつが───人間全部をレプリカにするなんて馬鹿な事を言い出さなけりゃ、あいつの弟子であり続けたいって………っ』



………………。



『……許せよ………我が同胞達……よ……』



………………。



(………本当に、何なんだよ。これは)



今回見せられたモノは随分と悲劇的なモノが多いようだ。───否、そもそもここに来てから見てきたソレに幸せな一面などほぼ皆無と言っていいほど胸糞悪いモノが多かったのだが、今回のはより一層重い。何が嬉しくて、知り合いの死に際など見たいのか。

幸いなのが、幼馴染み達のそんな瞬間を未だに一つも見ていないと言う所だろうか。



(───違う)



今まで流れてきたソレらに、ただの一つでも自分達はいただろうか。………答えはノーだ。どんな時だって、戦いの瞬間でさえも己や幼馴染み達の影の一つもなかった。まるで…………初めから存在なんてしていないかのように。



(もしかしたらアレは………オレ達が来なかった時の、あの世界の未来……か?)



「我が半身ながら、相変わらず頭の回転が早い事だな」



急に鮮明な、そんな声が聞こえてきた。あまりに予想外の事に思わず驚いていると、ここに来る前の最後の記憶と同じ金髪と黒い目の、自分とそっくりな顔立ちの男が目の前に現れた。



「よう、グレイ。ご機嫌いかがかな?」



性格は己よりも随分と陽気なこの男、トゥナロは呑気にもそんな事を口にしながらこちらをマジマジと観察する。



(機嫌だと? 最悪に決まってンじゃねーか)



動く事も喋る事も出来ないこの状況で、ただただよくわからないモノを延々と見させられてて気分が良いなんて思わない。



「ま、そりゃそうだろうよ。つーか、動けないのと喋れないのに関しては、半分は自業自得だ」



どうやらこちらの考える事は全て筒抜けのようだ。それが更にグレイの機嫌を降下させるには十分な要素で、静かにトゥナロを睨みつけていると、彼はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。



「オレ様に感謝しろよ? あの後、ちゃーんと安全な場所まで運んでやったんだぜ? しかもだ。優しいオレ様はお前が現実でなるべく苦しまねーようにと、精神をこっちまで持ってきたんだ」

(いや、それはそれで別の意味で拷問級の精神的苦痛をまさに今まで味合わされていたンだけど。って言うか、ここってお前の作った精神世界って事かよ?)



今にもふんぞり返りそうな奴に呆れながらも念じるようにそう問うと、トゥナロは頷いた。



「まぁ、そんな所だ…………………本当は、お前だけは絶っっ対に連れて来たくはなかったんだけどな」

(はぁ? 何でだよ)



急に表情を暗くした彼に更に問う。トゥナロは今までのふざけた雰囲気を引っ込めると、自身の長い金色を手に取った。───その瞬間だった。



(え………?)



星のような金色の毛先が瞬く間に見覚えのある黒に染まった。……いや、この場合は元に戻った……と、言うべきなのだろうか。しかしどうしてか、そんなトゥナロの変化を見たグレイは、急に背筋が冷えるような感覚がした。
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