A requiem to give to you
- 未来が夢見たモノ(1/7) -



「それじゃあ、行ってくるよ」



朝、玄関で靴を履いた玄が振り返ってそう言った。その傍では今日は彼に付き添って出かけるフィリアムも、昨夜遥香が出してくれたスニーカーに足を入れている。そんな二人の見送りに玄関まで来ていたのは遥香と宙だった。



「あんまり遅くなり過ぎないでよ?」

「気を付けてね」



そう言って送り出す二人に玄達も頷き、ドアを開けて外へと出た。それから二人で駅まで歩き始める。車もあるし、玄も免許は持っているのだが、それは今日遥香が宙達を連れて買い物に行く為(そもそも車自体が遥香の持ち物である)、のんびりと電車で行く事となったのだ。

閑静な住宅街。今日は土曜日で休日なのもあってか、十時を過ぎても周りは静かだ。ふと、何かが通り過ぎるのを目で追えば、猫がマイペースに欠伸をしながら二人を追い抜かしていく。

フィリアムの中にある僅かな宙の記憶とも殆ど変わる事のない風景。それが懐かしいと感じるかと言われれば、意外とそうでもない。この世界に来て直ぐは、またあの寂しい思いをするのかと少しだけ身構えていた。けれど、宙の両親に自分が彼女のレプリカと告げ、それが意外にも否定的な受け止められ方をしなかったせいなのか、それとも周りの人間のアクが強すぎたせいなのかは定かではないが、なんだかんだと今日こうして出かけられる事が今では楽しみだった。



「フィリアム君」

「あ、はい。なんですか?」



唐突に玄に話しかけられる。それに辺りを見渡していた視線を彼へと向けた。



「その………もしも、答えにくかったら無理にとは言わないんだけど、レプリカって言うのはどう言う技術なのかな」



この世界には、似た技術としてクローンと言うものがある。しかし生物におけるクローンとは、大まかに言えば被験体の遺伝子情報から同一の存在を生み出す技術だ。顔、体の造形、もっと細かく言うとその人の持つアレルギーなどもそのままをコピーされる…………のだが、



「生物レプリカを作るフォミクリーと言うのは、被験体を構成する音素と呼ばれる要素の情報から作り出されます。クローンは一から作るのに対して、レプリカは読み込んだ時の情報をそのままに再現するので、見た目だけは全く同じになります」

「成程ね。まるで3Dコピーみたいだね」

「そ、それはちょっと違うような気がするけど………」



しかし玄なりに納得がいっているようなので、取り敢えずこの話は終わりで良いだろう。



「あら、おはよう」



そう声をかけてきたのは涙子だった。向こうでのいつもの装いではなく、この世界らしいカジュアルなワンピースに身を包む姿はどうにも新鮮だった。



「おはよう」

「やあ涙子ちゃん、おはよう」



そんな彼女にフィリアムと玄が挨拶を返す。それから涙子は二人を見て首を傾げた。



「それで、えっと……どこかへお出かけかしら?」

「ああ、ちょっと墓参りに行こうと思って」

「墓参り………って、もしかして………未来のお母さんのですか?」



質問に答えた玄に対して涙子はハッとすると更に質問を重ねた。それに玄は苦笑しながら頷いた。



「………そうだね。ところで涙子ちゃんはどこかへ出かけるのかい?」

「私は、昨日宙から上着を借りたので返しに行こうと思ってまして」



涙子がそう言うと玄は頷きかけ、それからあっと声を上げた。



「宙達は今日買い物に出かけるって言ってたんだよ。だから今行ってももういないかも知れない」

「まぁ、そうだったんですね」

「本当にすまない」



玄が申し訳なさそうに頭を下げると、涙子は首を振った。



「別に玄さんが謝る事ではありません。事前に聞いておかなかった私がいけなかったので」



だから後で改めて伺いますね、とそう言って涙子が踵を返そうとするのをフィリアムが呼び止めた。



「ちょっと待って」

「どうしたの?」



足を止め、こちらを見る涙子にフィリアムは一つ間を置き、それから提案をした。



「もし、アンタが良かったら………一緒に行かない?」

「「え?」」



その言葉に涙子だけでなく玄までもが目を丸くする。フィリアムは玄を向くと更に言った。



「あの……この人。小さい頃に未来が家庭教師をしていたんです」

「家庭教師?」

「あ、はい。宙と会う前からなのですが、縁あって勉強とかを教えてもらっていました」

「そうだったんだね」



玄はそう言って顎に手を当てて考えると、それから小さく頷いた。



「なら、君さえ良ければどうかな?」

「そう、ですね………では、お言葉に甘えてご一緒させて下さい」



涙子はそう言って頷くと、「よろしくお願いします」と笑った。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







時を同じくして、遥香の運転する車で宙達はショッピングモールへ来ていた。



「うーん、この感じ。懐かしいー♪」

「なんや宙ちゃん、おばちゃん臭いわ………っていったぁ!?」



ケラケラ笑いながらそう言った睦は直後に宙の蹴りと共に飛び上がった。
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