A requiem to give to you
- 光を信じて(1/7) -



いつも、いつだって、自分が誰かの為に何か出来た事なんてない。

小さい頃はヒーローだとか、リーダーだとか、そう言ったモノに憧れた。何でも出来て、頼られて、カッコイイ………そんな存在に。

けれど周りから言われてきたのは”グズ”とか”ノロマ”とか………そんな事ばかりだった。

悔しかった。しかし事実、自分の事すら満足に出来なくて、いつだって誰かの手を借りてばかりだし、幼馴染みには守ってもらってばかりだった。

心配ばかりかけていた。自分でまともに言葉の一つも返せないのも、本当ならば、自分が守りたかった人達に気を遣われるのも、大切な人に格好悪い姿を見せるのも………全部が情けなくて、嫌だった。



人並みの生活を取り戻して、漸く自分にも大切な人達を守る事が出来るのだと思っていたのに。やっぱりソレらは目の前で零れ落ちていく。

あと少しなのに。あと少しで、もう一歩、踏み出せていたのなら……きっと届いていた筈だ。

どんなに力を得ても、体が軽くなっても、結局は何も変わっていない。気が付けば出遅れていて、皆先に行ってしまう。
















なら、僕は一体どうしたら良いんだ?

誰か、知っているのなら教えてくれよ───






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「ちょっと、出かけてくるね」



積もる話もそこそこに、出されたお茶を飲み干した青年はそう言って立ち上がった。それに遥香は首を傾げた。



「どこへ行くの?」

「公園まで、かな」



そう短く答えると、遥香はふーんと興味なさげに返し、それから何かを思い出したかのように声を上げた。



「あ、そうだ。行くのって中央公園でしょう? なら、帰りにお餅と海苔を買ってきて」

「お餅と海苔??」



予想外の注文に今度は青年が首を傾げる。お餅と海苔、で作る物といえば磯部餅だろうか。



「僕が好きな物……もしかして、作ってくれるのかい?」

「誰がアンタの為に作るのよ。結果的にそうなっているだけで、元々拵(こさ)える予定だったの」



買い忘れちゃったから、外に出るならお願い。

そう言って遥香ははい、と千円札を一枚青年に手渡す。青年は己の早とちりに頬が熱くなるのを堪えながらも、静かにお金を受け取ると財布へとしまった。



「それより、睦君は? 引率って言うから一緒に来てるんでしょう?」

「ああ、彼ならこの街についた瞬間から『行きたい所があるから行ってくるわ!』とか言ってどこかへ走り去って行ったよ」

「それって大丈夫なの? 彼、この街に来たの初めてよね?」



遥香の最もな質問に青年は「多分、大丈夫だと思う」と曖昧に返す。



「何だかんだでしっかりとしているから、この家の住所も伝えてあるし、迷ってもタクシーを使えばここまでは来れると思うよ」

「それなら、良いのだけれど。……まぁ、何にしても今日は二人とも泊まりになるだろうから、私もそろそろ準備を始めないとね」



そう言って遥香はソファから立ち上がると、テーブルに出ていた食器を持ちキッチンへと歩き出す。そんな彼女の背を見送り、青年も立ち上がると目的の場所へと向かうべく玄関へと足を進めた。






















「………玄のドアホ。自分の”息子”の好物くらい、ちゃんと覚えててあげなさいよ」



そんな遥香の呟きは、青年……逢沢 玄(げん)の耳に入る事はなかった。













*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







本当に、それは一瞬の出来事だった。地核に落ちそうなシンクを引き上げている三人を手伝おうとして、少し遅れながらも走り出したヒースは、目の前で急速に集まる暴力的なエネルギーに気が付いた。

しかし声を上げようと口を開く間も無く、その力は凄まじい音と衝撃で弾けた。



「な、なんだ!?」



アルビオールや譜陣のあった場所の近くにいたルーク達も驚いて音の先を見る。爆煙により先の見えない状態にジェイドは素早く詠唱をすると、シェリダン港の時のように風の譜術で視界を晴らした。



「タービュランス!」



突風により噴煙を飛ばし見えてきた光景は、つい先程までとは違っていた。



「これは……っ」

「そんな!」

「嘘だろ………」



仲間達は息のを呑む。ヒースの僅か数歩先は、まるで抉られたかのように何も無くなっていた。シンクはおろか、彼を引き上げていた筈の三人の姿も見当たらず、ヒースは声の一つも上げられずに震える足を動かしてゆっくりと下を覗き込む。



「──────、」



目下に広がるのは上も下も横も変わらない、タルタロスの周りと同じ光の空間だけだった。



「……また、……………何も、出来ない……? ───いや」



そんな事、絶対にない。今ならまだ間に合うのでは……?

頭に浮かんだそんな思考は震えを止めた。それから意を決して足に力を込めて飛び込もうとするヒースを、直前で誰かが後ろから羽交い締めにすることで引き止めたのだった。



「早まるなヒース!!」



必死の形相でヒースを止めたのはガイだった。彼の後を追ってきたのか、こちらにルークとナタリアも走ってくるのが見えたが、ヒースにはそれを気にする余裕はなくガイを振り解こうと暴れた。



「離して下さい!!」

「出来るか! お前まで落ちたらどうするんだ!?」

「まだ………まだ間に合うかも知れないんだ!!」



見た目以上に、普段大剣を片手で扱える程の力のあるヒースを抑え込むのに苦戦しているガイに代わり、ルークとナタリアも慌てて口を開く。



「待てってば! 本当に落ちたかだってわからないだろ!? それにどのくらい深いかもわからねぇし、もしも戻ってこれなかったらどうするんだよ!」

「そうですわ! まだ、タリス達が無事な可能性だって……ある、かも知れません……だから、貴方まで無茶をしないで下さいまし……」

「っ、適当なこと言ってんじゃねぇ!!」



頭の奥がカッとなるのを感じた。二人の積極的な言葉も、今のヒースには火に油だった。



「わからないから見に行くんだろうが!! 無事な可能性だって? それで無事じゃなかったらその言葉に責任取れるってのか!!?」



普段は抑えている感情が、止められなかった。
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