A requiem to give to you- 逆位相の交響曲・前編(1/8) -
2XXX年、10月某日の午後───日谷家にて。
「た、ただいまー………?」
何の変哲もない日常。母と娘、二人が暮らす家に突如二人以外のそんな声が玄関から聞こえてきた。てっきり学校へ行った娘が帰ってきたのかと思いきや、まさかの聞こえてきた声に聞き覚えは……確かにある。有り過ぎるくらいに。
しかし、この家の主である日谷 遥香は自分と娘以外の、もう何年も姿はおろか声すらも聞いていなかったまさかの人物に驚き、皿洗いをしていた手を止めて慌てて玄関へと走った。
「ちょ、ちょっと……え、本当に!!?」
「あ、うん。久し振りだねー」
玄関に来てみれば、彼女の予想通りの人物が気まずそうに立っていた。「ただいま」と言っていた彼は本来のこの家の持ち主だ。だからその言葉は間違ってはいない………いないのだが。
遥香はスゥ、と一度大きく息を吸うと───
「こんの…………何が久し振りやボケェッ!! ロクに顔も出さへん癖に連絡もなしに急に来よって!!」
「ご、ごめんって!」
遥香のあまりの剣幕に玄関にいる男性は怯えたように謝る。そんな彼の態度に更に苛立ちが募ったのだろうか。遥香は手早く彼の胸倉を掴み上げた。
「ごめんで済めば警察なんていらんのや! せめて自分の血を分けた娘の顔くらい見に来いや!」
「そ、それは………」
「好き勝手してた癖に急に投げ出して、その後本当に放ったらかしておく奴があるか!? ホンマ、そう言う所は変わらないんやから!」
「か、返す言葉もありません……!」
男性は今にも泣きそうだ。しかしそれは付き合いの長い彼女にとっては今更どうでも良くて、しかし男性があまりにも情けなくて呆れたのか、遥香は盛大に溜め息を吐くと彼から手を離し「それで?」と問うた。
「急にどうしたわけ? 今まで患者の検診はやっても、こっちには殆ど顔を出さなかったアンタが態々名義だけの家に来たわけは何?」
「痛いところを突かないでくれよ……。いや、ちょっと暫く休暇を取ったんだ」
「毎年この時期はそうじゃない。その癖、何もしないでぼーっと過ごしているだけだって知らないわけじゃないわよ」
「あ、はい。……いや、本当は今年もそうなると思っていたんだけど……」
男性がそう言った瞬間、遥香の眼光が鋭く光るのに言葉を呑み込んで黙り込む。しかしそのまま黙っていたところで、どうにかなるわけでもないのはわかっているのか、男性は恐る恐る再び口を開いた。
「僕の手伝いをしてくれている山吹さんのところの子がね」
「確か、睦君だっけ? 宙と同い年の」
「そうそう。彼がね、こっちに来たいって言って僕に引率を頼んできたんだよ」
「引率って…………はぁ。一応、ここはアンタの家でもあるんだから普通に帰ってくれば良いじゃない」
遥香と男性は別に姉弟でもなければ、婚姻関係でもない。この二人の関係が家族か、と言われればかなり微妙なラインではあるが……それでも彼女達の娘にとって二人は確かに親ではあるのだ。
複雑な関係性。周りに公表は特にしていないが、世間的に見ればかなり不穏な想像をしてしまうような関係。しかし事実はとても単純で、少し残酷なだけ。
「まさか本当にただの引率が理由で、行く場所がないからここに帰ってきただけ………ってわけ?」
それともあの子に関する実験について?
そう問うと男性は少しだけ悩んだ素振りを見せた後、小さく「いや、」と首を横に振った。それから先程までの情けなさを仕舞い込み、何かを決意したように表情を引き締めた。
「実はね───」
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*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
平和条約が締結され、一先ずの会談を終えた各国の王とその側近らを送り届ける為、彼らを乗せたアルビオールは再び青い空の上を飛んでいた。
「なぁなぁ、ちょっと聞いてみたかったんだが」
船よりもかなり早いとは言え、それでも数時間の移動を余儀なくされるのに飽きてきたのだろうか。国境に関係なく他愛のない話をしていた中で、唐突にピオニーがそう言ってレジウィーダ達を見た。
「俺も少し聞いていただけだったんだけどよ。お前達の世界ってのは、本当に預言とは無縁なのか?」
その言葉に一番に反応を示したのはインゴベルトだった。
「ふむ、それはわしも気になっていた。異世界、と言うのは未だに信じられんが………そなた達の世界とは、一体どのような場所なのだ?」
「そうですねぇ……」
と、まず初めに話を切り出したのはタリスだった。
「国が約190国以上存在します」
「エグいな」
ピオニーが即座に突っ込む。しかし他の者達もやはり驚きが隠せていない様子だ。
「宗教も分岐を含めて結構あるよね」
「何なら其々の掲げる思想や経典、遺品や歴史。その様々な事柄で戦争も起こってますよ」
「それに未来予知だとか、予言のような物は確かに存在するけど、世界中で信仰するレベルにはならねーし、いてもホンの一部にしか過ぎないしな」
レジウィーダ、ヒース、グレイもそう言ってざっくりと説明していく。
「それに何より、魔法も譜術も存在しない。あくまでも空想の世界の話だね」
「空想と言えば、僕たちの国で作られる創作品は海外でもなかなか有名なのが多いですよ」
「作者の趣味と夢をふんだんに盛り込んで作り込まれているから、万人受け………とまではいかないけれど、刺さる人も多いのよねぇ」
「漫画、アニメ、小説、ゲーム、ドラマ、映画…………ゲーム一つに置いてもキャラクターを今や自分で自由に見た目を変えられる物も増えたから、好きなように考えて、自分で物語を紡ぐ事だって出来る」
ヒースはルークを見て笑った。
「まるで今の僕たちみたいだろ?」
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