A requiem to give to you
- 這い寄る屍鬼(1/10) -



それは罪の証。人が知識と栄光を引き換えにして得た代償。しかしそれを現代を生きる者達が知る事はないだろう。

少しずつ、少しずつその身を毒に冒し、死へと誘うそれは………まるで呪いのようだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







薬品の匂いが漂う教会に備え付けられた医務室。先程まで患者を診ていた医師は用事を終えるとその場を離れ、今はいない。

清潔な白いシーツの敷かれたベッドに身を預けていたパメラの意識が戻ったのはつい先程の事だった。強力な譜術を直で受けたものの、応急処置が早かったのもあり命に別状はなく、後遺症もないと医師は告げた。それに安堵の息を漏らしたアニスは目に涙を溜めつつも、無茶をする母を心配から叱る姿もあり、パメラはいつもの優しい笑みを浮かべながら「ごめんね」と娘の頭を撫でていた。

それから一緒にパメラを医務室に運んだルーク達は、ここにはいないもう一人の仲間の元へと向かう為、この場を後にした。残ったのはもう暫くの安静を言い渡されたパメラと、彼女が目を覚ましてから一言も言葉を発しなかったレジウィーダだった。



「………………」



レジウィーダはベッドに備え付けられていた丸椅子に座り、両手を膝の上で握り締めて俯いていた。仲間達が去った後もそのまま動かない彼女にパメラは優しく声をかけた。



「レジウィーダさん、だったわよね」



その声にレジウィーダはピクリと肩を跳ねさせると、ゆっくり顔を上げた。その表情は様々な感情がない混ぜになったようで、上手く言葉を吐き出せないようだった。



「あなたに怪我がなくて良かったわ」

「……なんで、」



パメラは一般人だ。経験は浅くともレジウィーダの方が戦闘は出来るし、何よりも一般市民を守る立場にある。なのに、庇わせてしまった。下手をすれば死んでいたかも知れないのに、彼女は自分を本気で心配している。いくら優しいと言われている人であろうとも、殆ど初めて会ったに等しいような自分にそれを向けるのはどうしてなのだろうか。

そんな疑問を口に出来ずに一言だけそう返すと、パメラは「だって」と言葉を続けた。



「子供を守るのが、大人の役目よ」

「え………?」



その言葉にレジウィーダは目を見開く。



「それにね、アニスちゃんのお友達が怪我をしたら、アニスちゃんも悲しむと思うの。大切な娘の悲しむ顔は、見たくないわ」

「…………」

「だから、悪いだなんて思わないで。これは私がそうしたかったからしている事だから」

「でも、それでもしあなたが死んでしまったら……それこそアニスが悲しみます。それに、旦那さんだって……」



運良く今回は近くに優秀なヒーラーが三人もいたから、処置も早くて助かった。だけど、いつだってそうだとは限らない。

これが武器による裂傷だったら?

火の譜術によって全身を焼かれでもしていたら?

それとも、精神を蝕むような闇を覆うものだったら?

もう二度と、元の形には戻れなかっただろう。アニスとも、今後も一緒に旅を続けられるかもわからなかった。そう思うと、背筋がゾッとする思いだった。

そんなレジウィーダの様子にパメラは小さく笑った。



「大丈夫よ。だって、今日の預言には「良き行いが幸運を呼ぶ」って詠まれていたんですもの」

「預言………」

「そうよ。実際にこうして大した怪我も残らずにいられたんですもの。そう思えば、あなたを助けて何も悪い事なんてなかったわ」

「じゃあ」



と、レジウィーダは問う。



「預言に詠まれていなかったら、助けなかった?」



パメラの言葉通りなら、そう言う事なのではないのだろうか。タトリン夫妻はローレライ教団の信者だ。ユリアと預言を深く信仰している。改革派と保守派のどちらかはわからないが、もしも今回の事が彼女にとって預言とは全く関係がなかったのなら、どうしていたのだろう。



「預言に詠まれていなかったら、ねぇ」



そう呟いて一度目を瞑り、そして首を振った。



「もしも預言と関係がなかったとしても、同じ事をしていたと思うわ」

「それって、結局預言は関係ないじゃないですか」



言ってる事がおかしいです。

素直にそう言うと、パメラは声を上げて笑った。



「ふふ、そうかも知れないわね。でも、やっぱり私は目の前で子供が傷付くのを見てはいられないわ」



あのね



「アニスちゃんは私や旦那によく「優しすぎる」とか「騙されてる」と言うの。結局のところ、それが本当かどうかはわからないわ。見ず知らずの人に大金を渡した事も、本当の本当に困っていたのかも知れない。嘘を吐いてまでお金を稼がなければならないほど困窮していたのかも知れない。そのお金がなかったら、その人が明日を生きられなかったかも知れない………私達も決して裕福ではないけれど、でも、私達がそうした事で、誰かの救いになるのだとしたら……凄く嬉しいの」

「……………」



真っ直ぐで、純粋で、そして人によっては愚かとも思える………そんな透き通った想いの篭った言葉に、レジウィーダは既視感を感じた。
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