A requiem to give to you
- 詠まれなかった存在(1/8) -



普段の君からは想像もつかないような拙い指先。憎たらしいその性格からは考えられないような優しい音色。

聞いた事のない旋律。だけどどこか暖かく、いつでも見守ってくれるような…………包み込んでくれるような、そんな優しさを持つソレは、自分が知っている曲と同じような擽ったさと、儚さがある。

きっとこの曲の作者は、何かとても大切に守りたいものがあったのかも知れない……と、そんな想いを感じる。

───そう、まるで眠れぬ子供が安らかな夢を見られるような。そんな、

















子守唄のようだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ガシャン、と音を立てて足元に譜業が落ちる。暫くはチカチカと小さなランプが光っていたそれは、やがて機能を停止したように動かなくなった。

それを認めて、フィリアムは大きな溜め息を吐いた。



「全く………一体何個仕掛けていったんだ、あの人は」



この譜業の仕掛け人、シルフィナーレの持つ洗脳にも似たあの力と同じ状態を引き起こすこの譜業を、この数日間ずっと見つけては破壊し続けていた。

件の当人は既にダアトを経っている事は既にわかっている。しかしこうやってたくさんの置き土産を残していってくれたお陰で、度々己やレジウィーダに対して少しでもマイナス感情を持っている者達からの嫌がらせが続いていた。

例としては足を引っ掛けられそうになったり、物を落とされたりと陰湿な虐めのような事だが、幸いまだその程度で済んでいる。これがもっと酷くなれば、嘗ての自分のように死傷者を出したり、それこそ関係ない者たちまで巻き込みかねない。だからこそこうやって、自ら譜業装置の破壊を買って出ていた。

───そしてそれは、もう一人いる。



「フィリアム、こっちもいくつか壊したよ!」



そう言ってこちらに駆けてきたのはレジウィーダだった。その手には先程フィリアムが壊した物と同じ譜業が二、三個程抱えられている。



「一応、教会を出る前にディスっちゃんにも譜業反応がないかを見てもらって、その時は後四つ程だって言ってたけど………」

「なら、これで終わり……かも」



足元の譜業を拾って渡すと、レジウィーダはホッとしたように息を吐いた。



「やっとかぁ……地味に長かったんだけど」

「………………」



それにはフィリアムも同じ気持ちだった。かと言って、狙いが自分達である以上放置も出来なかったので、こうやって一時的に協力体制を取っていたのだ。

そこでふと、フィリアムは思う。



(───あの時、トゥナロの提案を飲まなかったら、今頃どうなっていたんだろうか)



────
───
──



謎解き、と称して持ちかけられたゲーム。あの後、シルフィナーレの部屋に行くまでは正直何をどうすれば良いのかなんてまるでわからず、初めはただただあの喋る仔ライガ……トゥナロを追って教会内を歩いているだけだった。

しかし暫くすると、ある事に気が付いたのだ。───すれ違う人々の様子が、おかしいと。

様子の違いは様々だったが、何だか異様にある人物に対しての嫌悪感を露わにする者が多かったのだ。



『何であんなポッと出の子供が導師様に……私の方がずっと前から勤めているのに』

『あの赤毛、また何か壊す気? 正直煩いし凄く迷惑なんだけど』

『何も出来ない癖に出しゃばっちゃって、対して偉いわけでもないのに生意気』



など、他にも耳を塞ぎたくなるような言葉をいくつも聞いた気がする。そしてそんな人達とすれ違う度に、その近くにはこの譜業装置が飛んでいたのだ。

レジウィーダがイオンと共にダアトに戻ってきた日に、彼女が見舞われた同僚からの嫌がらせの時にも見かけたこの機械。ここまで来ると流石に無関係とは思えなかった。

こんな小っぽけな機械のせいで、あんな耳障りな言葉を顔も知らない奴らに吐かせ続けるのも気持ちが悪く、気が付けば愛用の薙刀で叩き壊していた。

そしてこの譜業から感じ取れるシルフィナーレの気配に、どう言う事かを問い詰める為に彼女の部屋の前まで行き………そして聞いてしまったのだ。シルフィナーレが今まで何をしてきたのかと、何故レジウィーダを恨んでいるのかを。

それから、彼女の持つ特技とでも言うのだろうか。洗脳にも似た事が出来ると言う言葉を聞いて、フィリアムは背筋が急激に寒くなったのだ。それと同時に脳裏に過ぎったのは、テオルの森で見えた時よりもより鮮烈な、”宙”としての記憶だった。

伸ばした手、しかしそれは希望ではなく絶望を引き起こしたソレ。目の前の人物へと深々と刺された刃物を握っていたのは、紛れもなくこの記憶の持ち主の物だった。

そこに至るまでの流れは、まるでアクゼリュスの時の己自身のようで既視感を感じた。あの時も確か、シルフィナーレの一言が最後まで戸惑うフィリアムの、彼女への殺意の引き金となったのを覚えている。

その殺意は、怒り、悲しみは確かにフィリアム自身のモノだ。しかしそれを助長し、促させたのが他者の術による物だと知って、フィリアムは途端に気持ちが悪くなった。

そんな時、共に部屋の外で話を聞いてたトゥナロが言ったのだ。



『殻を破るか? それとも、このまま流され続けるのか───お前が、お前の意志で選べ』



自分自身の意志。他の誰の言葉でもない、自分だけの気持ちで。

今どうするべきか、そう考えた時には……願っていた。自分が自分がいられる為にも、もう一度ちゃんと……選びたいと。
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