A requiem to give to you
- 詠まれなかった存在(2/8) -



それから直ぐに気持ちがスッと軽くなった。今までの感情が消え去ったわけではないが、まるで何事もなくここで皆で過ごしていた時のような、そんな穏やかさがあった。



『そうか、それがお前のもう一つの力か』



そんな事をトゥナロが呟いていたが、正直意味がわからなかった。しかしそれを問い詰めるよりも先に、部屋の中の様子が不穏さを出し始めたのに気付き、手に握る譜業を力を入れノックをする事も忘れて部屋の中へと飛び込んだのだった。



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「フィリアム?」



ずっと黙り込んでしまっているのを不思議に思ったのだろう。レジウィーダが心配そうに名前を呼び、それにフィリアムもハッとして彼女を見た。



「何でも、ない。それより………」



それよりも、ここ数日でずっと疑問に思っていた事を口にした。



「何でアンタ、普通に俺と行動してるんだ?」



つい最近まで刃を向けられていた存在の側に、何故いるのだろうか。性格の根本は似たところがあるとは思っているものの、やはり彼女のこう言うところは未だに理解が出来なかった。

それを問うと、レジウィーダは何を不思議な事を言いたげに目を丸くした。



「え、だってフィリアム。今はあたしを殺したいって思ってないんでしょう?」

「…………それだけ?」



確かに以前のような殺意は、ない。だけど己が彼女にしてきた事を考えると普通に気まずい。謝って済む事じゃない事もたくさんしてしまったのだ。なのに己の被験者は、今までと変わらずにフィリアムの前にいる。



「それだけって、それ以外に理由があるのか?」

「だって………」



やはりどうしたって彼女の気持ちはわかる気がしなかった。どう反応したら良いのかもわからず、言い淀んでいるとレジウィーダは優しくフィリアムの両手を取った。

彼女と触れ合うと、よく彼女の記憶の断片が流れてきていたのもあり、振り払う事も出来ずに思わず体を強ばらせる。



「…………………」

「……何か、見えた?」



少しだけ、緊張した面持ちで問われ小さく首を横に振った。それにレジウィーダは「そっか」と一つ笑い、それから直ぐに申し訳なさそうに眉を下げた。



「あたしの記憶の件では、君に凄く苦しい思いをさせてしまったよね。色々と押し付けてしまって、ごめんね」

「え」



急に謝られ、戸惑うフィリアムにレジウィーダは更に続けた。



「フィリアムは、”宙”としてのあたしから抜け落ちた記憶って、どこまで見たの?」



そう問われ、フィリアムは今までの事を思い返す。そして思い当たることから一つ一つ口に出してみた。



「まず、兄のこと」

「うん」

「フィーナさん達が世界を超えてきたってことと、兄を……殺してしまったこと」

「うん」

「それから、父のことも……知ってる」



その目的も、”宙”の生まれた理由も。そう言うと、レジウィーダは少しだけ悲しそうに笑った。



「それから?」

「え、と………この記憶が俺の元となった切っ掛け、とか」

「ケテルブルクでの事かな?」

「そう。それから兄貴………陸也のこと」



この記憶が宙から離れる前にした彼との《約束》。それから、彼自身について宙が知り得ていた事も……フィリアムは既に見ていた。

それ以外にも、彼女自身の悩みや、他の幼馴染みとの事についても見ていたフィリアムは一度言葉を飲み込むと、真っ直ぐとレジウィーダを見た。



「姉貴」

「何?」



コテン、と首を傾げるレジウィーダにフィリアムは言葉を紡いだ。



「多分、もう殆どの記憶は見ていると思う。アンタが忘れてしまった感情も、全て。…………俺は、アンタが羨ましかったんだ」

「あたしが?」



うん、と頷く。



「アンタの側には、いつだって陽だまりがあった。アンタがどんなに後ろを向こうとしても、目を背けようとしても、離れようとしたって……必ず誰かが掬い上げてくれていただろう?」

「…………」



それには今度はレジウィーダが黙る番だった。思い当たる事は山ほどあるのだろう。

フィリアムはそれでも、己の気持ちを口にした。



「最初は、何でアンタには帰る場所があるのに、俺にはないんだろうって思っていた。ヴァンが計画を遂行したら、皆いなくなるのに……何で、俺は一人でいなくちゃいけないんだろうって」



大元は宙の物だが、この身を形成するのはこの世界のモノだ。だからフィリアムが地球に帰る事は出来ない。その事実が悔しくて、妬ましかった。

大切な者達との未来がある、そんな彼女が羨ましかった。



「そう思っていたら、そこをフィーナさんに目をつけられたんだと思う。気が付けば………自分の感情以上に体が動いていて、止まらなかった。だから、
















俺の方こそ、ごめん」



下手をしたら本当に殺していた。そう思ったら、いつの間にか今までずっと言えなかった言葉を口にしていた。



「アンタを殺す事で、俺がアンタになれるわけじゃないのに………寧ろアンタの大切な人達を傷付けるだけだって言うのに、気が付かなくてごめん」

「フィリアム……」

「俺さ、アンタと言う存在に縛られない、自分は自分である事を証明したかった。でもその上で、俺自身がどうしたいのか……その答えはまだ見つけられていないんだ」



だから、



「俺、ここを出ようと思う」



前にアンタが、自分探しと称して旅立ったみたいに。
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