The symphony of black wind
- 紅蓮の牙と処刑台・前編(1/4) -



「目の前の人も救えなくて、世界再生なんてやってられるかよ!」



それはきっと、コイツだから言えた事。猪突猛進で考えなしのバカだけれど、一生懸命で、純粋で、それでいて芯の硬いコイツの心から"助けたい"と言う、無差別無条件の優しさがあるからだ。

そんなコイツだから、皆はお前について行くんだぜ?






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「ええ!? ドア総督がいない!?」



教会へ行き、中にいたマーチ司祭とのあいさつもそこそこに、コレットとリフィルは再生の書を譲渡してもらえないかを訊ねた。すると彼は再生の書は今総督府のドアと言う人物が持っていると言った。それにロイド達は直ぐ様総督府へ向かおうとしたのだが、彼はつい先程、軍を引き連れて蒸気船団の演習へ行ってしまった為にこの街にはいないらしい。そしてこのロイドの素っ頓狂な声である。



「まあ、今日はタイミングが悪かったんだよ。また来れば良いさ」



ドア総督は明日には戻るのだと言う司祭の話にミライがロイドの肩を叩き宥めるように言う。ロイドは残念そうに項垂れると「わかったよ」と頷いた。それから一向はもう一泊してドアが帰って来るのを待つと言う事で話が纏まった。ミライ達は一度教会を出ようと支度を始めた時、広場の方が騒がしくなってきたのに気付いた。



「何だ?」



ロイドが首を傾げる。それにミライは「行ってみよう」と言って一足先に教会を出て行った。そしてそこで見た物に驚愕した。



「な……っ」

「これは……!?」



広場には沢山の人が集まっていた。人々は大きな円を作り、その中心を苦い顔をしながら遠巻きに見ていた。そして中心には……



「ディザイアン!?」



そう、沢山のディザイアンがいた。数でして言えばおよそ二十人弱と言った所か。彼らの横には絞首台が据えられており、左右に渡された柱に下がったロープの輪には四十代半ばだと思われる女性が首を通して立たされていた。



「やめて! お母さんを放して!!」



女性の娘だと思われる少女が絞首台のすぐ側でディザイアンの下級兵士に体を押さえられており、その状態で悲痛に叫んだ。その光景はあまりにも残酷であったが、町の人間は誰一人として動こうとはせず、声一つ上げなかった。



「酷すぎる……!」



ロイドがそう呟きながら拳を強く握り締める。リフィルが腕を掴んでいなければ、今すぐにでも飛び出していた事だろう。

ふと、その時人々がざわつき始めた。そしてその視線は皆一方向に向いている。



「マグニスだ……」



街の男の一人が呟いた。突如出現した魔法陣から現れたマグニスと呼ばれた赤い髪の大男は絞首台を通り過ぎ、男の目の前まで来ると、その首を掴み上げて吼えた。



「マグニス様だ! この豚がっ!!」



瞬間、骨が折れる嫌な音がし、男は悲鳴を上げる暇もなく口から泡を吹いて絶命した。それに近くにいた人達は恐怖し、悲鳴を上げながら離れていった。ミライはマグニスを見ながら声を潜めてポツリと呟いた。



「あれがマグニス……」

「知っているの?」



呟きを聞いたリフィルが彼に問う。それに彼は頷いた。



「あぁ。この街から北東の方角にある人間牧場の長だって聞いた事がある。ディザイアン五聖人の中で一番血の気が多いって噂だぜ」



ミライは以前にも配達の仕事の一環でこの街に来た事がある。その時街中を歩いているディザイアンを目撃した時に街の人から聞いていた事だった。

ジーニアスは「でもさ」と言った。



「そんな牧場が近くにあるのに、何でこの街の人達はあんな平気そうにしていられたんだろう」



彼はイセリア村の事を思い出していたのだろう。あの村はいつもディザイアンに怯えていた。不可侵条約を結んでいたとしてもそれは変わらなかった。しかしこの街は、今はともかく確かについ先程までは皆笑顔と活気に満ち溢れていた。とてもディザイアンに怯えている風には見えなかった……が、勿論、それにもちゃんとした理由があり、ミライはそれを説明した。



「この街は軍隊を組織して、ディザイアンに抵抗しているんだ。それも結構侮れない戦力らしい」



だが彼にはどうにも引っ掛かりがあった。しかしそれを今考えたところでどうにか出来る訳もなく、今は置いておく事にした。その時杖を持った少し階級が上であろうディザイアンが声を張り上げた。



「聞け!」



それに人々はシンと静まり返り、ミライ達も話をやめてディザイアンを向いた。



「この女は偉大なるマグニス様に逆らい、我々への資材の提供を断った。よって、定められた間引きの量は超えるものの、見せしめとしてこの女の処刑を執り行う事にした!」

「何が見せしめよ!」



少女が叫んだ。



「物が欲しかったらきちんとお金を払いなさいよ! 最も、あんた達の汚いお金なんてこの街で受け取る人はいないでしょうけどね! あんた達ディザイアンなんかに誰が…―――」



全て言い切る前に、少女の顔にマグニスの容赦ない拳が飛んだ。少女はそのまま吹き飛び、固く冷たい地面に伏せった。


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