The symphony of black wind
- 紅蓮の牙と処刑台・前編(2/4) -



「ぅ……っ」

「ハッ、人間如き劣悪種が俺様に指図するんじゃねぇよ」



忌々しそうに少女の頭を踏みつけるマグニス。目に涙を浮かべ、それでも少女は鋭く彼を睨みつけた。



「あんたなんか……ドア総督が戻れば……!」

「ドア、なぁ……フン、無駄な望みは捨てるんだな!」

「どう言う意味よ!」

「それは今からそこの女が身を持ってテメェに証明するんだよ。奴には何も出来ねぇってなあっ!」



やれ、とマグニスは腕を上げた。それを合図にディザイアンの一人が処刑台に取り付けられている留め金の棒に手を掛ける。これが外されれば少女の母親の足元の床が開いてしまう。人々が息を呑む中、ロイドは腰の剣に手を掛け抜こうとしたが、それはリフィルに腕を押さえられた事によって失敗した。



「駄目よ、ロイド。ここをイセリアの二の舞にする気?」

「だけどっ!」

「今、正義感だけであの人を助けた所で、何も変わらないわ。神子が世界再生をしない限り、ディザイアンは何度でも同じ事繰り返すのよ! それに万が一にも神子が死んだらその世界再生も出来ないわ!」



確かに神子がいなければ世界再生は叶わない。今ここで神子が死ぬ事になれば、次の神子が生まれるまでの何十年という長い間、また多くの人が苦しみ、死んでいくのだ。リフィルの言う通り、ここは大人しく奴らが去るのを待つのが正しい。しかし、ロイドはその考えを認める事が出来なかった。



「っ、目の前の人も救えなくて、世界再生なんてやってられるかよ!! 俺はそんなの、絶対に嫌だ!」

「! 待ちなさいロイドっ……!?」



リフィルの腕を振り切って駆けだしたロイドに制止をかけながら、再び伸ばした彼女の手をミライが掴んで止めた。



「ミライ!?」



驚いたように、それでいて何故と言いたげに睨みつけてくるリフィルにミライはどこか嬉しそうに笑った。



「あれでこそロイドだよ。あんな事、あいつじゃなきゃ言えないさ」



猪突猛進で考えなしのバカだけれど、一生懸命で、純粋で、それでいて芯の硬いあいつの心から"助けたい"と言う、無差別無条件の優しさ。



「そんなあいつだから、皆はロイドについて行くんだぜ?」



そう言ってミライが示した先をリフィルが向いた瞬間、彼女の横を何かが飛び抜けていった。



「くらえっ!」



ロイドが魔神剣を放ち、棒を持つディザイアンに当てた。その拍子に留め金を押さえる棒が外れ床が開いたが、先程飛び抜けていった物……コレットの投げたチャクラムが女性の首に掛かる縄を切った。支えを失い落ちていく彼女はクラトスが素早く処刑台の下を走り抜けながら受け止められたのだった。一瞬とも言えるその短い時間で行われた動きに、ディザイアンはただ呆然としていた。しかし直ぐにハッとしてマグニスを振り返った……が、



「油断大敵だよ、アクアエッジ!」

「ぐっ!?」

「マグニス様!!」



ジーニアスの放った魔術がマグニスに命中する。大したダメージは入らなかったが、少女から足を退かすには十分だった。



「貴方達……」



リフィルは呆れたように溜め息を吐いた。ディザイアンだけでなく、観衆の人々の視線は皆ロイド達を向いている。コレットはリフィルとミライの横を抜け、ロイドの隣に来ると、マグニスに目を向けたまま言った。



「わたしも、多くの人を救う為だからと言って、目の前で失われようとしている命を見過ごすことは出来ません」



綺麗事かも知れない。でも、目を背けたくはない。神子だからこそ、自分の出来る事を精一杯やりたい……とコレットは言う。それに共鳴するようにクラトスも長剣を抜き、声を張り上げた。



「私も神子の意思を尊重しよう。世界再生を阻むディザイアンを退ける為に、この剣……存分に振るおう!」


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