A requiem to give to you
- 崩落への序曲(1/13) -



ガラス玉一つ落とされた



バリンと音を立てて二つに割れた



一つは日溜まりに残り



もう残ったもう片方は……─────






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ケセドニアから船でカイツール軍港へと渡り、そこから徒歩でデオ峠へと来たレジウィーダ達は、アクゼリュスまであと少しと気合いを入れ直し峠を登り始めた。

しかし……



「あーあ、ヴァン師匠に追い付けそうもねぇなぁ」



ケセドニアでヴァンが既にアクゼリュスへと行ってしまった事を知ったルークだけはずっとこんな感じだった。



「大丈夫だよルー君♪ ここを越えればすぐ会えるんだから!」

「そうだぞ。後少しなんだ、元気出せよ」



と、その度にレジウィーダやガイ(たまにアニス)が慰めている。だが、ルークの機嫌は良くなるどころか、ますます悪くなっているように見える。

やがて遂に限界に来たのか、ぽつりととんでもない事を漏らした。



「これなら砂漠で寄り道なんてしなきゃ良かったぜ」

「……え」



場の空気が一気に変わった。数名を除く人達が、ルークに冷めた視線を送る。その内の一人、アニスは「どういう意味ですか」と手を力強く握り締めながら訊いた。



「寄り道は寄り道だろ?」



ルークは鼻を鳴らして答えた。



「よく考えてみりゃ、もうイオンがいなくても親善大使の俺がいればくだらねー戦争も起きねぇだろうし」



それにアニスは被っていた猫を剥がし、信じられないような目をルークへと向けた。



「あんた……馬鹿?」

「ば、馬鹿だと!?」

「…今のは私も、思い上がった発言だと思うわ」



横からティアもアニスの言葉に肯定した。続いてナタリアも口を開いた。



「この平和は、お父様とマルクトの皇帝が導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ? イオンがいなくなれば、調停役が存在しなくなりますわ」

「そうよ! イオン様あっての平和なんだから!」

「っ、そうかよ! だったらもっとちゃんと護ったらどうなんだよ! 導師守護役様」



さっ、とアニスの顔が白くなった。ルークは直ぐにしまったと思ったが、後の祭り。ティアの鋭い叱責が飛んだ。



「ルーク!!」



今にも挙げられそうだった彼女の手を、静かに見ているだけだったタリスが止めた。



「三人とも熱くなりすぎよ。少し落ち着いて」



それにヒースも頷いた。



「そうだよ。……ルーク、確かにアニスは導師イオンを護りきれてない所がある。でも、言い方があるだろ」



それにルークは気まずそうに舌打ちをして顔を背けた。ヒースは気にせずそのままティア達を向く。



「寄り道とは言わないけれど、遅れているのも確かなんだ。今こうしている間も、被害はもっと広がってる。少し急いだ方が良い」

「そうね……」

「ごめんなさい」



しゅん、と俯く二人の背中をレジウィーダがポンポンと叩いた。



「ほらほら、やる事を思い出したんなら、ヘコンでないでさっさと行くぞー!」



時間は待ってはくれないんだからね、と言うレジウィーダに、二人は今度ははっきりと頷いて気を引き締めた。

そこにジェイドが一言、



「皆さん若いですね〜」



と、言った。それに隣にいたガイが苦笑していたのは言うまでもない。

それから暫く峠を登っている途中、レジウィーダはそっと後ろの方にいるイオンに近付いた。



「イーオン君♪」

「はい、何でしょうか?」



イオンはレジウィーダを向く。しかし元気がないのは明らかだった。



「あんま気にするなよ」

「………………」



そう言うとイオンは何も言わず、苦笑を浮かべた。ルークの言い方はともかく、事実……彼は彼なりに責任を感じているのだろう。そんな彼にレジウィーダは続ける。



「少なくとも、あたしやタリス達……あと、今はああだけどルークも。"導師イオン"としての君じゃなくて、今ここにいる君が必要なんだからさ」



そう言って微笑むと、イオンは「ありがとう」と嬉しそうに返した。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「本当に良かったのか?」



カイツール付近にてヴァンと合流を果たしたフィリアムは、シンク達からタルタロスを預かったヴァンと共にアクゼリュスへと来ていた。

瘴気が立ち込み、直ぐ目の前の視界ですら暗く霞む。長い間この空間にいた街の者達は至る所でぐったりと力なく横たわったり、座り込んでいる。

ヴァン達よりも少し早く到着していたキムラスカの先遣隊の兵士達が既に動いており、なるべく街の人達を一か所に集めるべく救助を進めているのを横目に、フィリアムは持っていた薙刀を握る力を込めながら頷いた。



「大丈夫」

「きっと、奴らは私達の邪魔をしに来るだろう。そうなれば、必然的にお前はレジウィーダ達と戦う事になる」



既にヴァンの計画に気付きかけているレジウィーダは、恐らく他の二人……もしくは旅の同行者達に情報を共有している可能性がある。そうなれば、必ずヴァンの行動を止めに来ることだろう。その際に戦闘になれば、被験者とは言え、一時は姉とも慕っていた彼女を傷つけることになる。そう言いたいのだろう。

それが心配から来ているものなのかは些かわからなかったが、今のフィリアムにはどうでも良い事だった。



「その為に来たんだ……こう言うのは、さっさとした方が良い」



淡々と返すフィリアムにヴァンは「ふむ」と考え込むように顎に手を当てた。



(元々感情的な方ではなかったが……何があればこうなるのだ?)



最近のフィリアムの様子はシンク達から逐一報告で聞いていた。勿論、最近レジウィーダとの間にあった事も。

アッシュと違い、今までは被験者やレプリカと言った事に振り回されず、ぎこちなさはあったが比較的良好な関係を築けていたと言うのに。

被験者と似ず、どこか人見知りと引っ込み思案なところがあったこのレプリカは、されど身内には心優しく穏やかな面があったのも疑わしいくらい、今は能面のように感情が剥がれ落ちている。

しかし報告と異なっていたのは、レジウィーダと邂逅した際は普段は見せない程の暴力的な感情を剥き出しにしていたとの事だった。現時点ではその面影はなく、波すら撃たぬ水盆のようだ。

そんな事を考えているヴァンに構わず、フィリアムは救助を続ける兵士達を見ながら言った。



「この先遣隊らはどうするんだ? このままにしておくか?」

「ん? ああ……いや、下手に動かれて我々の行動に気付かれては困るからな。一度別の場所に集める」



集めて、そして……。その先に続く言葉は聞かなくとも理解は出来た。どうせ滅びる街だ。死ぬタイミングが早まるだけだろう。

そんなヴァンの考えに、フィリアムは興味なさそうに「そう」と返した。



「じゃあ、アイツらが来る前に片付けてくる」

「お前が行くのか?」



タルタロスには他の神託の盾の兵士達も待機させている。だから無理にフィリアムが行く必要はない。言外にそう伝えてくるが、フィリアムは構わず薙刀を肩に担いだ。



「準備運動。それから……予行練習、かな」



色のない表情に笑みが浮かぶ。どこか楽しそうなそれは、確かに被験者と似ている………考えている事はとても似つかないが。

鼻歌でも歌い出しそうなそんな彼を、ヴァンは「そうか」と、だけ言って送り出した。



(あの感じ………まさか、な)



フィリアムの背を見送るヴァンの脳裏には一人の女性の姿が浮かび上がったが、直ぐに今は関係がないとばかりに首を横に振って考えを打ち消した。

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