A requiem to give to you
- 崩落への序曲(2/13) -



峠も漸く中腹辺りに来た頃、今まで苦しいながらも頑張って歩いていたイオンが膝をついた。



「はぁ……はぁ……」

「はぅあ!? イオン様!」



アニスが直ぐ様駆け寄る。側にいたレジウィーダも容体を確認する。



「大丈夫……じゃなさそうだ。皆、休憩しよう!」



このまま歩き続けるのは無理そうだと判断したレジウィーダが皆に休憩を提案した。それに皆が頷きかけるが、ルークは一人反論した。



「何言ってんだ! 早くアクゼリュスへ行くんだろ!!」

「ルーク!」

「良いではありませんか!!」



ティアとナタリアが諫めるように言うが聞く耳持たず、だ。



「良くねぇ! 親善大使は俺なんだ! 俺が行くって言ったら行くんだよ!!」

「あ、あんたねぇ……!」



アニスの拳が震える。今にも背中のトクナガを発動しそうだ。流石のヒースとタリスも困ったように顔を見合わせていると、レジウィーダがルークに近付いて肩に手を置いた。



「何だよ!?」

「ルーク、焦る気持ちはわかるけど、少しだけ休もうよ。ね?」



子供を宥めるように頭を撫でるが、ルークはその手を勢い良く払った。



「うるせぇよ! ヴァン師匠が待ってんだ!! こんな所でチンタラ休憩なんて出来るかよ!!」

「ルーク」

「しつけぇ!!」



意地でも引かないルークにレジウィーダははぁ、と諦めたように溜め息を吐いて皆を振り返った。



「皆、休もう」

「なっ……!? テメェ!」



レジウィーダの言葉に今度こそ皆は頷き、ルークが怒鳴るのを無視して休憩の準備をした。レジウィーダも皆の所へと行こうとしたが、今度は逆にルークに肩を掴まれた。



「勝手に話進めてんじゃねぇよ!」

「煩いな……」

「な、何!?」



彼女らしからぬ低い声にルークは思わず手を離した。レジウィーダはルークを振り返った。その目は怖いくらいに冷めており、その中に見え隠れする怒気づいた視線で真っ直ぐと彼を見た。



「何、じゃない。煩いって言ったんだ」

「……っ、テメェ親善大使に向かって!」



そんな彼に臆する事もなく、レジウィーダはフンと鼻を鳴らした。



「関係無いよ。目の前の人一人この状態でなーにが親善大使だ。こんなんでアクゼリュスの人達の救助が出来ると思ってるのか?」



それにルークはうっと詰まる。レジウィーダはそんな彼に容赦なく吐き捨てた。



「自惚れんのもいい加減にしろよ。……このクソガキが」



そう言うと踵を返し、今度こそ皆の所へと行ってしまった。その姿を暫く呆然と見ていたルークは、暫くすると盛大に舌打ちをして一人離れた場所へ歩いて行った。

それを見ていたヒースは溜め息を吐いた。



「珍しくレジウィーダが本気でキレたな。……だけどルークもあの発言は流石に、な」

「そうねぇ。まぁ、わからなくもないけど」



タリスはルークの所へ行ったティアを見ながらそう言った。ティアはルークに何かを言っていたみたいだが、直ぐに呆れたように戻ってきた。予想通り過ぎるその様子にヒースは半笑いを漏らしてから、タリスを振り向いて訊いた。



「行くのか?」

「えぇ。この子の事、ちょっとお願いね」



短く頷き、抱えていた仔ライガをヒースに預けると、戻ってきたティアと入れ替わるようにして今度はタリスがルークの元へと向かった。



「ルーク」



タリスが声をかけるが、ルークは俯いて黙ったままだった。それでも構わず彼の隣へと立った。



「ごめんなさいね。急いでいたのに、足止めしてしまって」



本当に申し訳なさそうに謝ると、ルークは微かに反応した。



「ヴァン謡将、もう救助活動始めてるのかしら?」

「………師匠は、俺を待ってるんだ」

「知ってるわ」



そう言うとルークはバッと顔を上げてタリスを見た。



「障気、中和するんですってね。超振動で」

「何で知って……!?」

「あの時、城の地下の話を聞いていたのよ」



ナタリア以外にヴァンとの話を聞かれていた事にルークは驚きを隠せなかった。



「懐かしいわ」

「……は?」



意図の読めないタリスの言葉に、今度は目を丸くした。そんなルークにタリスは微笑んだ。



「何か昔の私みたいってね。貴方に初めて会った時から、ずっと思っていたのよ」



置かれていた状況も、誰かに憧れるその姿も。



「私もね、昔はずっと家から出れなかったのよ」

「え……」



初めて聞くタリスの過去に、ルークは目を見開いた。



「軟禁って感じではなかったんだけれどね。両親は忙しい人達で、なかなか会えない日も多かった。小さい頃は公園すらなかなか行かせてもらえなくて、家では一人で過ごしていたわ」



そう言ってタリスは苦笑した。



「両親って、いつもいないのか?」

「二人とも家からかなり遠いところで仕事をしてるから、殆ど帰ってこないわ。だから普段家には、使用人……のような人達と偶に遊びに来るお祖母様くらいしかいないわね」

「って、お前貴族だったのかよ!」



勢い良くツッコミを入れたルークにタリスは軽く首を傾けてうーんと言った。



「少し違うわね。どちらかと言うと街の権力者の家柄ってところかしら? ……でも、それはまだ良いのよ。だけどパーティやなんかに出席するとね、色んな人が寄って来るわ。何でだと思う?」



その言葉にルークは暫し考えた後、



「お、……お前が美人、だからか?」



と言った。どこか恥ずかしそうに、だけど真剣に言うルークにタリスは噴き出し、声を上げて笑った。



「ぷっ、ふふっ………ふ、あは、あはははっ!」

「な、何笑ってんだよ!!」

「ごめんなさい。悪気は、ないの……ふふっ」



暫く笑っていたが、ふぅと息を吐いて落ち着きを取り戻すと話を元に戻した。



「お金よ」

「金?」



オウム返しに訊いてきたルークに「えぇ」と頷いた。



「家の財産と権力目当てで来るの。いずれ私があの家を継ぐから、今の内に取り入って、私と結婚しようと考えてるのよ」

「そ、それって……」



何と無く彼女の言わんとしている事がわかったルークは困惑げにタリスを見た。そして彼女は頷いた。



「だから、あくまで私は金持ちの家のお嬢様、としか見られてないわ」



穏やかに話していたタリスの表情は一気に暗くなっていった。彼女はタリス……否、涙子と言う一人の女の子として見られていないのだ。

タリスはどこか諦めたように遠くを見つめた。



「そう言う世界に生まれてしまったのだもの。仕方がないのよね」



ルークには婚約者がいる。記憶を失ってからは外交とは殆ど関わり合いがないから、直接そう言う事は少ない。しかし"自分"と言う存在を見てもらえないと言うのは、ルークにも覚えがあり過ぎた。



「でもね……そんな中でも、いたのよ。本当の意味で"私"と言う存在を見てくれた人が」

「グレイやヒース達、か?」



それにタリスは頷いた。だがすぐに首を横に振った。



「確かにそうね。……でも、あの子達は最初ではないし、憧れの存在と言うわけでもないわ」

「じゃあ誰が……」



ルークがそう聞くと、タリスはどこか懐かしむように目を細めて言った。



「先輩」

「先輩?」

「そう」



ルークの疑問に、タリスは自身の隣に置いた弓を手に取って頷いた。



「ルークから言わせると、ヴァン謡将のような存在だったわ」



彼は普通の家に母親と二人で住む、5つ年上の男の子だった。どういう経歴かは知らないが、涙子の祖母と知り合った彼はよく屋敷に来た。そしてその度に構ってくれた。

大人たちを信じる事の出来なかった当時のタリスは全ての人を拒絶し、否定していた。勿論彼も例外ではない。最初は彼も、他の人達と同じで自分に取り入ろうとしてるのかと思っていたからだ。

しかし彼は一切そんな素振りを見せず、決してタリスを敬称で呼んだり、敬語を使ったりしなかった。まるで、普通の友達のように接してくれた。

彼は色々と彼の周りで起きる《外》の出来事を教えてくれた。それは嘗ていた家庭教師の勉強よりもすごく面白かった。彼が高校生になった時には部活で弓道をやってると知って、好奇心から自分もやってみたくなり、教えてもらった。



「ずっとずっとそんな日が続いて、私は彼が大好きになった」



小さかった頃の私には、それはまだ《憧れ》程度のものだったけれど、それは確かに愛だった。

彼は私に"何かを好きになる事"を教えてくれた、光だった─────



「もし、彼と出会ってなかったら、私はグレイ達の事すらも否定していたかも知れないわ」

「グレイ達も……」

「グレイとヒースなんてね、初めて出会った時は人の家に不法で侵入して来たのよ」

「マジかよ……」



よく見張りに見つかんなかったな、と言うルークにタリスはそうよねぇと言った。

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