A requiem to give to you
- 不協和音と夢想曲(1/5) -



カチッ



カチッ



カチッ




煩い、耳障りな時計の音で目を覚ます。いつ寝てしまったのかわからない。わかるのは………辺りが真っ暗だと言うこと。

夜の暗さじゃくて本当に……真っ暗。


何もない


何も見えず、何も聞こえずにそのままじっとしていたら背後から気配を感じた。殺気でない事に戸惑いつつも振り返ると、そこにいた彼女はこう話しかけてきた。



『寂しい?』



と………






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ダアトにあるローレライ教団の総本山。その中に神託の盾の本部もある。港からクリフ、アリエッタ(こちらは教団に入った瞬間に別れたが)に連れられて戻ってきたグレイは休憩を挟む間もなくとある部屋の前まで案内された。



「ン? ここって確か……」



本部に常設された騎士団の宿舎。本来は複数人で一つの部屋を割り振られている物だが、異世界の者と言う異例さもあり、特例でグレイやフィリアム達にも幹部と同じく個室が与えられている。自分達に与えられているという事は、当然アイツにも割与えられているわけで……



「そうですね。レジウィーダの部屋です」



グレイの言わんとした事がわかっているクリフが言葉の続きを引き受けて言った。今更過ぎるそれに「ンな事はわかってる」と返した。



「その会いたい奴ってのがここにいるのか?」



何だってこんな所に、と思ったグレイの疑問は最もだったが、それはクリフがしっかりと説明してくれた。



「元々レジウィーダとも面識がありましたし。何より、彼女が戻ってこない今、不用意に立ち寄る人もいないですからね。呼び出すには丁度良いんですよ」

「でもそれってなかなかにプライバシーの侵害だよな」



どの道見られて困る物もここにはないのだろうが、と思ったが本人がいないのだからこれ以上は不毛かと結論付け、そのままドアノブに手を掛けたところでクリフが声を上げた。



「私は案内しましたので、これで失礼しますよ」

「あ? お前は来ないのかよ」



てっきり一緒に来るものだと思っていたグレイが意外そうにそう言うと、クリフは「まさか」と肩を竦めた。



「言ったでしょう。私は時間がないんです。やる事が多すぎてその中にいる奴をぶっ飛ばしたいくらいにはね」

「何じゃそりゃ……マジで誰がいるンだよ」

「それは、入ってからのお楽しみってことで。決して、貴方にとって損になる事はないとだけ伝えておきますよ」



ほら、早く行った行ったと背中を押してくるクリフに言いたいことは色々とあったが、やがて大きな溜め息を吐くとドアノブを捻って扉を開けた。

決して広いわけではないが、主が帰っていないにしてはそこそこ綺麗にされているその部屋の一番奥には、誰かがいた。それは間違いなく自分を呼び出したであろう人物ではあるのだろう。

長い金髪に白い法衣。後ろを向いている為表情はわからないが、背丈はかなり高いと見て取れる。恐らく男性だ。グレイが入ってきたのに気が付いたその人物はゆっくりと振り返ると、自分でも滅多にしない爽やかな笑顔で「やあ」と片手を上げた。



「二度目ましてだな。今度は元気そうで良かったぜ?」

「………………」



そんな目の前の男の挨拶など耳にも入らず、グレイはただただ固まっていた。それは体感的には数分であったのか、はたまた数秒だったのかはわからなかったが、漸く思考が戻ってくる頃には震える指でそいつを指差したのだった。



「な、……な…………!!」

「まぁ、こんな姿じゃあやっぱり驚くよなぁ」



お前ら皆ビックリしてたし、とグレイの反応が予想通りだと言わんばかりに相手は肩を竦めた。



「だ、誰だテメェ………悪趣味すぎるだろ!」



やっと出てきた言葉はそんな事だった。それは流石に予想外だったのか、少し憮然としたように顔を顰めると腰に手を当って憤慨した。



「何でだよ。カッコいいだろ?」

「ふっっっざけんな! その顔でンなこと言ってんじゃねェ!!」

「おーおー言うなぁ」



ケラケラケラ。そんな擬音が付きそうな表現で笑う青年にグレイは頭を押さえるしかなかった。そんな彼の様子も気にせず、男は一度咳払いをすると漸く名乗り出した。



「オレはトゥナロ・カーディナル。他の奴らにはもう言ってあるけど、ローレライの使者をやっている」

「は?」



ローレライの使者?



「ローレライって、あのローレライか?」

「ローレライって言ったらローレライだろうよ。って言うか、いい加減ドアくらい閉めろよ」



一応、内密な話なんだよ、と宣うトゥナロにハッとするとグレイも慌てて扉を閉めて部屋の中へ入った。

改めてトゥナロをまじまじと見る。年は間違いなく自分達よりも年上だ。どことなくやる気はないが鋭い目付き、布で隠された左目と少し怖いくらいの金色の右目。違う所も多々あるのだが、その顔の造形はまさに……



「やっぱり、悪趣味すぎる……」



まさに、自分自身を見ているようだった。



「あ? また言ったなこのクソガキ!」

「いや、突然自分のそっくりさんが目の前に現れたらそうなるだろうがよ」



アッシュの気持ちが少しわかったような気がする、と心の中で彼の赤毛上司に同情を向けていると、トゥナロは「見た目なんてどうでも良いんだよ」と言った。



「それより! 態々呼んだんだから本題を話させろや」



そう言えば自分は呼び出されたと思い出したグレイが視線だけで続きを促すと、トゥナロは話は始めた。



「あまり時間がないから単刀直入に言うぞ」



そこから続いた言葉は、あまりにも残酷だった。


















「今すぐにあのフィリアムとか言う紛い物を殺せ」



その言葉を理解するよりも早く、自身の持つ譜業銃を目の前の使者へと向けていた。



「今、何て言った……」

「聞こえなかったか? あの宙のレプリカを消せって言ってんだよ」



じゃないと、



「アイツは約束を果たせなくなる」

「約束? ……だとしても、何でオレにそんな事をさせようとする」



トゥナロの言葉的に、フィリアムがどんな存在であるのかはわかっているのだろう。知っていて尚、何故仮にも義兄である自分にそんな事を命じてくるのかがグレイには到底理解が出来なかった。



「何でそんな事をさせるか? そりゃあ、決まってるだろ。アレが宙の無くした記憶その物だからだよ」



おかしいと思わなかったか、とトゥナロは続ける。



「本来、レプリカってのは被験者の情報を元に作られる。この世界に生ける者全てに音素が絡んでくるんだ。そうなれば、異世界の者である宙から音素の情報が取れる訳がない」



だが、



「それが"変換"されたら、どうだ?」

「変換? ……まさか」



変換……本来の形から別の形に"変える"こと。もしもその無くしたと言う記憶が無理矢理音素に変えられたのだとしたら。

そんな芸当が出来る奴を、グレイは知っていた。



「つまり、フィリアムはアイツが自分の能力で変換させてこの世界に遺していった記憶ってことかよ」

「そう言う事だ……が、50点ってとこだな。正確には、

















お前が封印した宙の記憶、だ」

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