A requiem to give to you- 不協和音と夢想曲(2/5) -
トゥナロの言葉に、心のどこかで納得している自分がいた。そして、何故こんな事を自分に頼むのかも……理解したくなかったが、理解してしまった。
「お前も自分の能力の事を少しでも理解しているのなら、わかるだろう?」
記憶の操作は術を掛けた本人にしかどうにかする事が出来ない。トゥナロの言う通り、グレイ本人にも記憶がないが宙の記憶を封印したのが自分だと言うのならば、それを戻す事が出来るのもまた、グレイしかいないのだろう。
形がなければ特に問題はなかったのかも知れない。だが、フィリアムにはレプリカとは言え、個として形(体)がある。フィリアムにとって最早魂とも言えるソレを宙に戻すという事は、
「器を壊すしか、記憶を取り出す方法はない」
「でも、だからって……そう簡単に出来るとでも思ってるのかよ!」
他人はどうでも良い。けれどフィリアムは形だけでも弟だ。二年と言う月日は決して短い物でもない。
アラミス湧水道で初めて出会った時に手を伸ばしたことを後悔したことはない。見捨てられなかった。不安定で、今にも消えてしまいそうな、けれど決して諦めたくないと藻掻くあの姿に……グレイの中の何かを突き動かしたのだ。
「アイツは……フィリアムは殺さねェ。確かにオレの持ってる能力的にも、テメェの言っている事の通りはわかる。でも、ここで言う通りにしてフィリアムを殺したら、きっとオレは」
死よりも辛い後悔をする。
そう絞り込むように言葉を吐き出したと同時に、脳裏には何度も夢に出てきた少女が一瞬だけ写り込んだ。
「そもそも、オレ自身も自分の記憶をなくしてるってのに他の奴の事に構ってられるか。オレにはオレでやんなきゃなンねェ事もある」
あの三人は何としても元の世界に返さないといけない。誰一人として欠けてはいけない。その為には、地位も時間もお金も……利用出来る物はなんでも利用してきた。まだまだ帰る為の手段はわかってはいない。だからこそ、確かな安全は確保しなければならない。
仮に、最終的に自分がそこに行けなくとも……それだけは守らないといけない。
「だからテメェの要求は呑まねェ。アイツの記憶については………いずれ必ず答えを見つける。それでも待てねェってンなら」
ローレライの使者だろうがなんだろうが、この手でぶっ飛ばす。
グレイは譜業銃にかける指に力を込める。弾はいつでも撃てる。例え自分と同じ顔をしていようが、やろうと思えば躊躇なくその引き金を弾く覚悟は出来ている。そう言い切ったグレイをトゥナロは無表情で暫く見つめていたが、やがて降参と言わんばかりに両手を上げた。
「熱くなっちゃってよー。お前そんなキャラじゃねーだろ………ったく、お前の気持ちはよぉーーーーーーくわかった」
だからその物騒なモン下ろせや、トゥナロが言うがグレイは決して銃を下ろすことはなかった。その頑なな姿勢に、トゥナロは今度こそ困ったように苦笑をした。
「ホント、誰に似たんだろうなぁ。……………じゃあ、こうしよう」
「……………」
「取り合えずフィリアムを殺す件については置いておく。問題は、そのフィリアムの中にある宙の記憶に揺さぶりかけているクソ野郎がいるらしい」
「どういう事だ?」
誰かがフィリアムに干渉してきている、と言う事なのだろうが、今一つ事態が呑み込めないグレイがそう問うと、トゥナロは先程とは打って変わって真面目な顔をして言った。
「オレはフィリアムでも宙でもないから、その記憶にどんなモノが込められているのかまではわからん。けど、それがそいつにとってより大切で、かけがえのないである物であるのなら、それを見せられた者はどうなる?」
「………?」
「難しいよな。だが、フィリアムがレプリカだという事を含め、お前がヴァン謡将の計画を知っていてそれが成就された時、その先を考えれば……答えは見えてくるんじゃないか?」
フィリアムはレプリカだ。ヴァンの計画は全てをレプリカに替える事。ヴァンを含め、他の六神将らは計画が完遂すれば己も消えると言っていた。
自分達には、帰るところがある。なら、フィリアムは………?
もし、フィリアムが宙の向こうでの記憶を知っていて、それがより幸せであればあるほど……生きていたいと願う彼が最後に突き付けられるモノとは、
「!!!」
それは……あまりにも、残酷な孤独。いや、仮に宙の記憶がなくとも、いずれはその答えに辿りついていたのかも知れない。
「そのせいなのかは知らないが、オレが聞いた話ではフィリアムがレジウィーダを殺しかけたらしい」
「何だと!?」
既に事態は深刻な方向へと動き出していた。
「だから時間があまりない。レジウィーダと他の二人は聖なる焔と共に秘預言に詠まれた鉱山の街へと向かっている。崩壊する言われているそこは………何かを消すには丁度良い」
彼らがアクゼリュスに着くのも時間の問題だろう。そこで聖なる焔の力が解放されれば、街の人間どころか、あの三人は……。
そこでグレイはある事に気が付いた。
「オイ、あんたさっき他の三人とも会った事があるって言ったよな。まさかあいつら」
「聖なる焔の秘預言の事だろ? 勿論伝えてある」
「っ、なんでだよ!」
何故伝えた、そう叫ぶように怒りを示すグレイにトゥナロは首を横に振った。
「それがオレの役目だからだ」
「ローレライの使者、だからか」
そうだ、とトゥナロは頷く。
「帰る方法がわからない、と言ったな。その方法なら簡単だ」
「どういう意味だよ」
「ローレライの願いを叶える事」
その為にお前たちはこの世界に呼ばれた。ローレライと、奴が敬愛した女神が見た最悪の未来を回避してほしい。
「最悪の未来、だと?」
それはヴァンからも聞いた事がない。恐らく預言に詠まれていないであろうレプリカ計画を行わなかった場合の、この世界の行きつく先には……一体何があると言うのだろう。
「それを伝えている時間はない。今、お前がやらなければならない事を優先しろ」
「ンな事いきなり言われても……」
「オレはこの事には直接的な干渉が出来ない。だから、頼む。お前達を元の世界に戻す為にも、ヴァンが示した以外の道で………光りある未来を導いてくれ」
そう言って頭を下げ、表情が見えなくなったトゥナロにグレイはとうとう譜業銃を下ろした。それから数分と考えない内に銃をホルスターに仕舞うと彼から背を向けた。
「どうせ、お人好しなあいつらなら……オレが言った所で街の奴らだって助けようとするだろうな」
揃いも揃って頑固だしよ。それに、
「ヴァンの野郎があいつらがルークについていく事を知っていない筈がねェ。なのに放置するって事は……そう言う事なんだろ」
「……………」
言い聞かせるようなグレイの言葉に、トゥナロは何も言わない。答えを求めていないのがわかっているのだろう。グレイは来た時と同じようにドアノブに手を掛け、そして一度だけトゥナロを振り返った。
「直接的な干渉が出来ないって言っても、ただ見てるだけしか出来ないわけじゃねーンだろ。だったら、協力してやるからちゃんとテメェも働け」
それだけ言うと目を瞠る金色を置いて勢い良く部屋を出た。
(まずはアリエッタを探さねーと、な)
少しでもルーク達への殺意が落ち着いている今の彼女なら、協力を仰げるかも知れない。フィリアムや記憶の件もそうだが、まずは鉱山の街でこれから起こる事についてなんとかしなければならない。
「〜〜〜〜〜ったくよぉっ! ホンっとに面倒臭ェ!!」
そんな叫びを上げながらも、グレイは桃色の髪を持つ少女を探すべく協会内を走り回った。
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