A requiem to give to you- 陽炎と灼熱少年(1/7) -
………………。
目の前には黒い髪をした少女が一人。少女、と言っても髪はやや短めで、服装は大きめのパーカーとショートパンツでどこかボーイッシュな感じだ。きっと、近くで見なければわからないだろう。
しかし何故だろう。彼女は自分に向けて悲しげに眉を下げるとゆっくりと口を開いたのだった。
『やく、そ……く……』
約束……?
途切れ途切れに囁かれた言葉に首を傾げる。少女は暫し声もなく口をパクパクさせていたが、途端にその身体は赤に染まった。
(…………っ!?)
自分よりもずっと小さなその背に入った、鋭い爪の様な物で切り裂かれた傷。そこから止めどなく溢れる赤に駆け出そうとするが、そこで今自分が動けない事に気が付いた。
(っ、クソ………ッ!)
辛うじて動く、重く震える手を伸ばした。それに少女はどこか嬉しそうに小さく笑うと、再び悲しげな表情で言った。
『約束……守れなくてごめん』
(待てよ! 約束……って、約束って何だよ! それにお前は……───)
『ごめんね、……陸也』
───ズキッ
「痛っ───!?」
突然走った左目の痛みにハッと目を覚ます。どうやら今まで自分は寝ていたらしい……と認識する間もなく、余りにも盛大に驚いたせいか、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。
「グレイ……? いきなりどうしたのよ。大丈夫?」
大人しく寝ていたかと思えば、いきなり物凄い音を立ててひっくり返ったグレイにタリスが目を丸くしながら問い掛けてきた。しかし彼自身も今一つ現状を理解し切れていないのか、呆然と瞬きを繰り返していた。
「……ねぇ、貴方本当に大丈夫なの?」
打ち所でも悪かったのかとタリスは心配げに眉を寄せた。それからしゃがみ込んで額に触れてきた所で、グレイはやんわりとその手を退かして立ち上がった。
「だ……いじょうぶ、だっての」
「大丈夫に見えたら心配なんてしないわよ」
タリスは溜め息を一つ吐くと立ち上がりながら「ベッドで休んだら」なんて言ったが、グレイはもう一度大丈夫だと言って首を横に振ると、肩を竦めながらベッドを指差した。
「第一、先客がいンのに寝られる訳ねーっての」
そう言った彼が指さす先には、すやすやと眠るアリエッタの姿があった。タリスは一瞬だけキョトンとしてみせると、次いで苦笑を漏らした。
「あら、別にわざわざここで寝る必要もないんじゃない? 自分の部屋だってあるんだし」
「あのな……」
わかってねーな、と言って顔を顰めるグレイにタリスは首を傾げる。
「仮にも親の敵と言って命を狙ってる奴と二人っきりに出来るか」
「心配?」
小さく笑いながらタリスが言えば、直ぐ様帰ってくるのは「笑うな」の一言。
「心配も何も、お前一人でも欠けちゃあ意味がねーンだよ。だからコイツが手ェ出さねー様に見張ってンだ」
それを心配ではなく何なのだとも思ったが、あまり意地悪な事を言えば彼は拗ねてしまうのだろう。タリスはそんな彼を想像し、小さな笑みを浮かべつつも「大丈夫よ」と返した。
「誰も欠けたりなんてしないわ。私も貴方も、あの子達も……皆で帰るって決めてるんだから」
「……わかってるなら、良いけどよ」
「それにね、私は約束を果たさなければならないの」
約束。その言葉にグレイは無意識に左目に触れていた。先程の様に痛みが走った訳ではない。ただ何となく、夢での事を思い出してそこに手が伸びてしまっただけに過ぎないのだ。夢に出てきた少女。それは以前にも何度かこの左目に映った映像に出てきていた少女だった。顔に見覚えはある。ただ、自分は彼女のあの様な言葉や表情は知らない。
(一体何なんだよ……)
チッ、と小さく舌を打つ。タリスはそんなグレイの行動を黙って見つめていたが特に何も言う事はなく、近くに置いてあった大きな包みを手に取り開くと、中からライガの卵を取り出した。
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