A requiem to give to you
- 陽炎と灼熱少年(2/7) -


卵をそっと、大事に抱えるとアリエッタが眠るベッドの横にある椅子に腰掛けた。



「最期に託してくれたクイーンの想いを、この子の家族を……私はこの子に届けなきゃいけないの。それが私が果たす約束よ」



ライガクイーン。アリエッタの様に魔物の言葉がわかる訳でもない、ただの人間であるタリスが彼女と話が出来たのは奇跡に近い。もしも、あのルーク達と共にあの場を後にしていたら、恐らくはクイーンの想いも、この卵に宿る命すらもあの音素の光と共に散っていた事だろう。

タリスはそっと卵に耳を当てた。



(……生きてる)



暫くはレジウィーダの術によって所謂コールドスリープの状態を施していたが、今はアリエッタに返す為にそれを解いていた。再び温かさを取り戻した命の種から聞こえてくるのは小さな鼓動。それは確かに、生きていた。



「……そのクイーンの想いってのは、何なンだよ」



小さく息を吐きながら壁に寄りかかったグレイがそう問うと、タリスは顔を上げて少し悲しげに目を細めた。



「残された家族と、仲間達に幸せに生きて欲しいと言う事」

「それはクイーンがそう言ってたのか」



それにタリスは緩く首を横に振った。



「直接言っていた訳ではないわ。でもね、彼女の霊魂【ファントム】と話していると、もの凄くその想いが伝わってくるの。憎しみや悲しみよりもずっと強い、家族への愛が」

「………………」

「どうしたって人間と魔物は相容れないわ。でも、それを超えたアリエッタやその"お友達"には奇跡とも言えるとても強い絆が結ばれている。それは、彼女達を見ているとわかるの。けれど辛い事も沢山あると思うわ。だからこそ母を、家族を失った悲しみは私達が想像するよりもずっと大きい筈よ。憎しみだって深くなるわ………それでも、クイーンの願う"幸せ"とは、憎しみや悲しみを仇討ちで晴らす事なのか。私達がこの子に殺されてあげる事なのかと言われたら……それはきっと違うのよ」



そんな事をすれば、アリエッタは本当に独りになってしまう。己の手だけを赤くして、殺す事で幸せを感じるだなんて……狂ってるも同然だ。



「私達がするべきなのはアリエッタの心が、本当の意味で幸せになれる様に見守る事なんだと思うの。それがクイーンの命を奪ってしまった私達の出来る、最大の償いなんだと思ってる…………まぁ、大半が私の自己満足なんですけれどね」



そう言ってタリスはおどけた様な笑みを浮かべた。しかしその裏にある、どこか切望しているかの様な翳りを見たグレイは気怠そうに頭を掻くと彼女から卵を少し乱暴に取り上げた。



「ちょっと」

「………………」



それにタリスが何かを言う暇もなく、グレイは眠るアリエッタに掛かる布団を軽くめくると横に置き、再びそれを掛けたのだった。



「何を……?」



一連のグレイの行動にタリスは目を白黒させる。



「お前の言う通り、そいつは本当に仲間や家族を大事にしてンだよ。……だったら、せめて一緒にしといてやりゃ良いだろ」

「グレイ……」



それだけ言うとグレイは部屋のドアに向かって歩き始めた。タリスは再び優しく目を細めて笑うと口を開いた。



「見張りは良いのかしら?」

「………もう必要ねーよ。つか、




















酔った」








………………。








「………はい?」



予想とは遙かに違う答えが返ってきてしまい、タリスは思わず目を点にした。今までの雰囲気ぶち壊しも良い所だ。しかしそんな言葉を発した本人は至って真面目で、それからタリスは直ぐにここがどこだかを思い出した。

……そう、ここは現在ケセドニアに向かうカイツール軍港発の船の中だった。意外かも知れないが、グレイは乗り物にとても弱い。車や船は勿論、二人乗りの自転車でさえ直ぐに酔ってしまうのだ。先程までは寝ていたから何ともなかったが、起きてからは随分と我慢していたらしい。よくよく見てみれば大分顔色が悪くなっていた。

タリスは一気に脱力したのだった。



「貴方と言う人は……もう」



馬鹿ねぇ、と呟き苦笑をするとフラつく彼の腕を引き、外の空気を吸いに部屋を出た。















「………………」



残された少女は、静かになった部屋で隣にある温もりを抱き締めた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇



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