A requiem to give to you
- 伸ばされた手(1/7) -



すっ、と伸ばされた手。その先にある優しい笑顔。

どう言葉にして返せば良いのかわからなかった。

どうしてこの人は自分にこんなことをするのかわからなかった。

















わからなかったけれど……





















気が付けばその手を取っていた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「そんな馬鹿な……っ」



ほんの数分前まで喧しいくらいの高笑いを上げていたディストは、機械の下にある寝台に座る少年を見るや、その声を驚愕の色へと染めた。そしてその対象である少年も、自らに与えられた情報とは異なる体に目を丸くしていた。



「こんな事は今までにない……。一体、一体何故……!?」



そう呟きながらディストはパラパラと資料を捲る。その音を聞きながらも少年は自分の両手見つめ、何度も何度も開いたり閉じたりした。

試しに足をバタバタと揺らした。首を上下左右に振ったりもしてみた。オマケに、軽く体を捻ってみた。



「………動く」



何だかそれが妙に懐かしく、そして嬉しく感じた。それと同時に少年の中にある心の芽が急激に膨れ上がり、溢れ出すような感じがした。

少年は寝台から降りてディストの方まで歩いてみる。当のディストはそれに気が付いてはいないようで、ブツブツと資料を見ながら独り言を言っていた。そんな彼に少年は無性に何かを言いたくなり、思わず……



「………あの、

















禿げ?」



と言ってしまった。恐らく「独り言を言うと禿げるよ」と言いたかったのだろうが、時既に遅し。



「誰が禿げですか!?」



案の定、彼は怒りで顔を真っ赤にして振り返った。



「あ、……ごめん」



申し訳なさそうに眉を下げて謝る少年にディストは再び驚愕した。



「貴方には意思があるのですか……?」



その言葉の意味を少年が理解する前にディストは彼のその小さな肩を思いっ切り掴んだ。



「いっ……」



少年が痛みに顔を歪めるも、ディストは構わずに口を開く。



「貴方は私が誰かわかりますか?」

「アンタは……俺を"造った"人だろ?」



苦し紛れに言った少年の言葉にディストは途端に悲しげに顔を顰めるとゆっくりと手を離し、そうですか……と言って項垂れた。



「やはりあの情報だけでは少なすぎたのでしょうか」



まぁ、何にしても失敗である事には変わりありませんね、と深い溜め息吐くと、彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げた。



「廃棄、するべきでしょうか……。ですが新しい研究材料としては申し分ない存在でもありますね」



ディストは考え込みながらそんな事を口にする。それに少年は恐ろしい程の不安が押し寄せた。



(廃棄? 研究、材料……?)



背筋がサーッと冷える。それと同時に彼の中で警戒音が鳴り響いた。



「さて……」



そう言ってディストは振り返り、再び少年へと手を伸ばす。少年はビクリと肩を揺らすと、そのままその手を叩いて部屋を飛び出していった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







夜の闇と月の光に包まれた渓谷。



「あー…………クソッ。参ったなぁ」



ある青年はそんな溜め息混じりの声を発し、美しく輝く銀色の月を見上げた。

年はおよそ20代前半頃だと思われる。着崩してはいるが、法衣を身に纏っている事から一応(?)聖職者である事が伺える。



「ったく、こんな事になるなんて聞いてねーぞ」



長い金髪を掻き上げながら苛々したように舌を打つ。その姿は聖職者と言うよりはどこかのチンピラだった。



「オマケに……」



チラリ、と横目に花畑を見る。その先では白い花と共に深く濃い茶色をしたの何かが風に揺れていた。それを視界に収めた青年は先程よりも大きな溜め息を吐いた。



「あの野郎、間違えやがったな……」



恨めしげな言葉とは裏腹に、ソレを見つめるその瞳はどことなく優しかった。
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