A requiem to give to you- 伸ばされた手(2/7) -
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少年は走った。ただ闇雲に、迷路のような空間を走り続けた。道なんかわからない。だけどひたすら走っていると、やがて外に出た。外は夜で、空が暗かった。でも所々にある街の灯であまりそんな感じはしなかった。
少し遠くを見てみると火山があった。冷えるがそこまででもないのはそのせいなのだろう。
「コラァーーーーー!! 待ちなさい!!」
「……!!」
後ろから聞こえた怒声に少年はハッとして再び走り出した。夜も遅いのか、外を出歩く人も少なく行く手を阻む物はない。ただ何人かの人が何事かと逃げる少年とそれを追うディストを振り返るが、今の少年には気にする余地もなかった。
それから暫く走り続け、足に痛みを感じ始めた頃、いつの間にか街の外へと出ていた事に気が付いた。足を止め、後ろを振り向くと、上手く撒いたらしく誰もいなかった。
「……はぁ」
少年は安堵の息を漏らして座り込んだ。ふと下を見ると、素足で走っていた為か足の所々が切れて血が出ていた。
「痛い……」
痛みを堪えるように足首に手を当てながら、周りを見渡してみた。辺りは木だらけの森だったが、目を凝らして見ると、奥の方に洞窟のようなものが見えた。
「……………」
少年はスッと立ち上がると、特に何かを考えていたわけではないが、まるで導かれるようにその洞窟へと入っていった。
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「見失いましたか……!」
ディストは苛々したように爪を噛んだ。まさかあの少年にあそこまでの自我があるとは思ってもいなかった。……否、それどころかそもそもあのような"姿"で生まれてくる事自体がイレギュラーなのだ。
「……本当に、一体何故なんでしょうか」
知識と技術には絶対の自信があった。勿論、理論だって間違ってはいない。伊達に年月をかけて研究はしていないのだから。だからこそ、あの前代未聞の存在の誕生が謎なのだ。
「やはり一度調べなくてなりませんね」
その為にもまずは逃げたあの少年を見つけ出さなくてはならない。そう思った矢先だった。
「───……うわっ!?」
「! 今の声は…」
遠くの方で例の少年の声が聞こえた。
「まさか魔物に襲われたんじゃないでしょうね……」
この辺はウルフのような血肉を好む魔物が多い。こんな夜更けに子供(しかも殆ど無防備と言っても良い)が一人でうろいているとなれば、奴らにとっては格好の獲物だろう。
「これはまずい……」
貴重な研究材料が死なれては困ります、と呟くと近くに置いてあった椅子に乗り飛び上がった。
「確かアラミス湧水洞の方からでしたね。……まったく、これだから自我など面倒臭い」
入れたくて入れたわけでもありませんが、と溜め息混じりに言うと同時にアラミス湧水洞に向けて椅子型の譜業を動かした。
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陸也は体に走る鈍い痛みに段々と意識を浮上させた。
「いっ、てェ…………ン?」
何とか上半身を少し起こすと、下には誰かの黒い頭があった。それを見た陸也は直ぐ様飛ぶように退いた。
「げっ……オ、オイお前大丈夫かってあぁぁあっ!!? ンッだよコレびしょ濡れじゃねーか!! ……はっ、じゃなくてここは!? つーか涙子ー!?」
最後の涙子の名前が周りの空間に反響するが、当の本人からの返事はない。目覚める早々騒がしい陸也の声に彼に潰されていた少年は顔を顰め、体を擦りながら起き上がった。
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