A requiem to give to you
- 笑劇と衝撃の庭(1/5) -


最近のファブレ邸はとても賑やかだ。ついこの間まではメイドが公爵やその奥方の部屋にお茶などを運んだり、廊下や部屋を掃除したり。邸内を兵士達が見回りをしたり、たまに忍び込んでくる鼠を秘密裏に追い出したりしていた。

庭師であるペールもまた朝早くからずっと花壇や植木蜂に水をやったり、雑草を抜いたり、種を植えたりしながらゆっくりと流れる時間を過ごしていた。時たま、ルークが来て何気ない話をする時もあったが、ここ一週間はまったくこちらへ足を運ぶ事はなかった。

それもその筈。最近、ルークには新しい使用人……もとい友達が出来たのだ。それも二人も。詳しい事情は知らないが、ガイからの話によるとその二人は突然ルークの部屋に現れたと言う。それから暫く色々とあったらしい。最終的には使用人と言う形で二人を邸へ迎え入れる事になったとか。どうやってあのファブレ公爵を説得したのかまでは聞けなかった。どうやら元・預言者のフィーナに口止めをされているらしい。

ガイはともかく、フィーナは二人を酷く気に入っているように思えた。ルークもまた然り。その二人も二人で少し変わった性格をしているが、それを覗けば至って普通の子供だ。年の近い者同士の年相応な馴れ合い。遠目から見ているペールでもそれはどこか微笑ましく感じ、口許が緩んだ。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「あの、」



今日もまたいつもと変わらない一日がやって来た。ペールは今日はどの花を植えようかと花壇の前で考えていると、ふと声をかけられた。振り返ってみると黒髪の少年。例の二人の内の一人だ。そう、名前は確か……



「ヒース、だったかな」



少年ははい、と頷いた。



「貴方はペールさん、ですよね。……何か悩んでいるようですが、どうしたんですか?」



どうやらヒースは花壇の前で動かないペールが困っているように見えたらしい。事実、困っていた彼は苦笑を洩らして花の種を見せた。



「季節が過ぎた花の処理をしたらその部分が寂しくなってなぁ。だから新しく種を植えようと思っていたんじゃが……どちらにしようかと考えていたんじゃよ」

「そうだったんですか。……ん? 何だか変わった形の種ですね」



そう言って片方の種を手に取り観察するヒース。確かにそれはあまり見かけない種類の植物だ。この地方にしか咲かない上、滅多に見る事が出来ない貴重な花である。



「それは"アダルベレスの花"と言ってな、このキムラスカ王家に伝わる物の一つなんじゃよ」

「キムラスカ王家の?」

「うむ、炎のように真っ赤な花が咲いてな。それがまるでキムラスカ王族の象徴のようだ、と重宝されておるんじゃ」



しかしなぁ、と続けた言葉の後にペールは難しそうな顔をした。



「この花の咲く時期が来月のローレライデーカンの間だけなんじゃ」



どんなに頑張っても今から植えても花が咲くのは来月の中旬頃になるだろう。それならもう一つの春に咲く花を植えてその時までの成長を楽しむ方が手間も少なくて良い。だが……



「毎年、奥様が密かに楽しみにされているそうじゃ。でもこのもう一つの方も、この邸の者達が好きな花らしくてなぁ。………どうしたものやら」



奥方は特に毎年必ず植えろなどとは言っていない。ペールの腕を信じているからこそ、彼の判断に任せている。しかしそれが今の彼には枷になっていたのだ。勿論、ペールとて喜んでもらえるのなら是非とも植えたい。けれどまた、もっと喜んでもらえる人が多いのも良い。

大きさを取るか、数を取るか。単純ゆえに難しい選択はペールをとても悩ませた。



「………両方植える。と言うのは駄目なんですか?」



暫く顎に手を当てて考えていたヒースが問う。だがペールは残念そうに首を振った。


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