A requiem to give to you
- 暗雲の空(1/5) -


ND2016.ローレライデーカン某日。今日も今日とて運動神経改善計画(と言う名のただの筋トレ)に励むヒースは、誰もいない昼下がりの中庭で片足だけで立つ椅子の上で逆立ちをしていた。



「うおっ!? おま……何やってんだよ!?」



そこに偶々通り掛かったルークはその何ともヒヤヒヤする光景に思わず大声を上げた。それにヒースは煩わしそうに眉間に皺を寄せる。



「そんなに大声を出すなよ。それに何って、見ての通りただの筋トレ」

「そ、そうかよ………って、そうじゃぬぇっ!!」



じゃあ何だ、と言いたげに首を傾げるヒースだったが、見ている側からすればそれだけでいつそのまま倒れていくのか気が気ではない。それを彼がわかっているのかと言われれば、答えは絶対にNOだろう。



「てか、危ねぇっつーの!」

「別に問題はないよ」



よっ、と椅子を下に押すようにして飛び降りながらそう言う。正直、使用人よりサーカス団の方が似合うのではないだろうか、とルークは思わずにはいられなかったが、ふと、ヒースを上から下まで見ると不思議そうに目を丸くした。



「そーいや、お前とタリスがここに来てからもう一年くらい経つよな」

「? ああ、そうだな」



一年が地球の二倍程の日数だと言うこの世界だが、やはり時の流れと言うのは早い物だ。
この一年である程度の文字の読み書きは出来るようになったし、バチカルから出た事はないが街全体の細かな構造はしっかり覚えた。タリスに関してはいつだったかフィーナに譜術士の素質があると言われたらしく、現在進行形で音素学の勉強をしている。

しかし、それでもやはり街から出られないのは辛い。だからと言ってこのまま出るには自分達はまだまだ弱い上に常識知らずだ。でも、このままではいつまで経っても他の二人は見つからないし、何の進展もない。ナタリア王女の手を借りながらも秘密裏に他の二人を捜してもらったりはしているが、それでもあの悪目立ちばかりする二人が見つからないとなると、寧ろこの世界にはいないのではないかと不安にすらなってくる。

そう言う事もあり、早く自分の力で帰る方法なり二人を捜すなりを出来るようになる為、この一年で更にトレーニングメニューを増やして鍛えてはいるものの、妙なバランス力や腕力ばかりが付いて体力自体の変化が全くと言って良いほどなかった。またルークには剣の師匠がいると聞き、更にダアトのお偉いさんだと言うので是非ともその人に教えを請うてみようとも思ったのだが、何故かいつもその人が来るタイミングと合わず自分もタリスも未だに会った事がない。



(ここまで来るともう本気で呪われているんじゃないだろうか………いや、それは考えすぎか)

「ヒース?」

「いや、何でもない。……それで、確かに一年が経ったけどそれがどうかしたのか?」



ルークに話し掛けられ、考えるのを止めてそう問うと彼は再びヒースをまじまじと見ては言った。



「お前、背伸びないな」



彼がそう言い切った瞬間にはもう既に手が出ていた。



「いってぇ!?」

「それは言うな」



自分が一番わかっている事だ。それにヒース自身、背の事を言われるのは昔から好きではないのだ。それを言うとルークは「違げーよ!」と殴られた箇所を擦りながら反論した。



「そう言う意味じゃなくて! お前、一年前と丸っきり見た目が変わんねーなって言ってんだよ!」

「それは…………」



確かにそれはルークの言う通りだった。丁度この位の年の男子と言うのは成長期もあり、特に大人びる時期だと言うのに……元々童顔とは言え全く変わらないと言うのはいくら何でもおかしい。それ以前に一年前こそ自分の方が高かった身長も、今は殆ど同じくらいになってしまって相当な危機感を感じているのも事実だ(ルークには内緒だが)



「異世界だから………じゃ、ないかな」



多分、と後に続けたのは確証がないからだったが、出来ればそうであって欲しいと願うばかりだ。そうでなければ悲しすぎる、色々な意味で。


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