Rondo of madder and the scarlet
- 所謂これは〇〇でしょ -

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5月のあくる日の休日。ルークは一人、とある人物の家の前にいた。正確には、とある人が住んでいるマンションの一室前……なのだが、これはこの際置いておこう。

4月にこの世界にやってきて、睦や茜と出会った。それから元の世界に帰る為のヒントとなりそうな人物が二か月後にならないと会えないと言う事で、それまでこの世界を楽しめよ、と二人と同じ学校へ入学した。本当はもっと入学には色々な手続きだとか必要な筈なのだが、当時はさほど気にせず、好奇心の赴くままに身を任せていたルークだが、入学して一つの問題にぶち当たった。
それは、ルーク自身がこの世界の文字を全くと言っていいほどわからない事だった。何故か言葉は通じたので実際に学校に通ってみるまで気付かなかったのだが、このままでは流石に周りから怪しまれるという事もあり、急遽この世界……と言うより、この国で生きていく上で最低限必要な知識を叩きこむ事になった。
本当なら、茜か睦からそれを一から徹底的に教えてもらうべきなのだが、二人とも諸々の事情により完全に教えてもらうのは無理だという事になり、ルーク達は別の第三者を頼った。
それが正しく、今ルークの目の前にある扉の先にいるであろう人物だ。勿論、正体不明の見ず知らずの奴を相手に直ぐに頼みを聞いてくれたかと言えばNOである。詳しい事は省くが、彼にはルーク自身の正体を明かし、その上で必死に頼み込んで漸く承諾を得たのだ。
性格には少々難ありだが、勉強のし甲斐はあると勉強嫌いのルークに感じさせるほどの実力者であった(まぁ、その内容自体の殆どがこの国で言うなら小学一年生レベルなのだが……)。事実、僅か一ヶ月ほどでルーク自身の飲み込みの速さもあってか、英語は完全にマスターし、平仮名やカタカナもほぼ読めるようになった。漢字に関しては茜や睦にも協力してもらいながら日々覚えている。
彼曰く、「ぶっちゃけそれだけ出来ればオレがやる事ねェ」らしいのだが、それでもルークは週3、4回のペースで彼の元を訪れている。勿論、それには彼のみならず茜にも秘密な、ちょっとした理由があるのだ。



「…………よし」



一つ息を吐き、ルークはインターホンを押した。学校を含めればほぼ毎日顔を合わせている人物だが、こうして人様の家に行くのは慣れない物だ(元の世界ではよく無断で家宅侵入していたとかは言わない)

ピンポーン、と音がしてモノの数秒の沈黙の後、ゆっくりと目の前の扉が開かれる。初めて彼と会った時とは真逆である(寧ろあの時は睦のせいでああなったのだが……)



「………また来たのかよ」



出てきた人物はルークの顔を見るなり、気だるげにそう言ってきた。しかしそれは別に彼がルークを煩わしく思っているわけではないとわかっているので、ルークは苦笑気味に「おはよう」と挨拶をした。



「……入れば」



そう言って彼は徐に頭を掻きながら中に入っていった。現在の時刻は十時半を回っていたが、どうやら彼は寝起きらしい。僅かに欠伸をする声も聞こえる。
そんな彼の背を見ながらルークは控えめに「お邪魔します」と告げて玄関を上がったのだった。



*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇




「……で、今日は何を教えて欲しーンだよ」



中に入り、一人暮らしには広いであろうリビングのある椅子に掛け、テーブルにはウーロン茶の入ったコップが出される。彼も自分の持つコップにウーロン茶を注ぎ、一気に飲み干すと、先程よりははっきりとした声でそう聞いてきた。
彼には文字の他にも、この世界の常識や簡単な情勢と言ったものを教えてもらった。常識については茜達からも教えてもらっているが、彼女たちもまだまだ学ぶ身の為、ルークに教えるには限界がある。インターネット、と言う物も教えてもらったが、それで調べても、結局文字を淡々と読むのと、実際に言葉にして説明してもらうのとでは違う。彼にはそんな残った疑問を補足してもらっている。見た目こそどこぞのチンピラのようだが、意外にも広い分野で豊富に知識を持っており、彼女らと同じ学ぶ身でありながら、その知識にはルークのみならず茜達も助けられているのはここだけの秘密だ。

しかし、今日知りたいのはこの世界の常識や知識ではない。



「うん、それなんだけど………今日は、勉強とは別に違う事について話したいなって思って」



それは彼の家を一番最初に訪れた時から疑問に思っていた事である。向こうの世界についてを知らない茜や睦は気付く事はなかったが、ルークの目に映ったソレは………オールドラントにしかいないモノの筈なのだ。

ルークは言葉を途中で切ると、テーブルの端に置いてある一つの縫いぐるみ。水色の体に特徴的な大きな耳、その種族特有の幼少時の白いお尻。そして何より目を引くのは大きく愛らしい目でも短い手足でもなく、その縫いぐるみの腹回りにある黄色のリング。本物とは違い、布のフワフワ感が前面に出ているが、百歩譲ってこの生き物がこの世界にいたとしても、あのリングを持ったこの生き物がいるのはまず有り得ない。
だってアレは、向こうの世界の産物であり、彼らと始祖の契約の証なのだ。まず、こちらにある筈がないのだ。



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