Rondo of madder and the scarlet- -
【2/2】
「あか……?」
ふと、ルークがそう呟くのが聞こえた。確かに宙の地毛はくすんだ黒に近い赤(……と言うか紅色?)だが、この世界はともかく、彼自身も朱い髪をしているのだしそこまで驚く事もないのではないだろうか。
そんな事を思っていると同じく呟きを聞いていたらしい宙が背中まである髪を一つに括りながら、先程とはまた違う優しい笑みを浮かべた。
「そ、あたしの地毛はこの色なんだ。元々って訳でもないんだけどねー」
「染めたって事か?」
ルークがそう問うと宙はうーん、と難しそうな顔をした。
「厳密に言うと染めた訳じゃないけど……まぁ、そう言う事にしていてよ」
「はぁ……」
何だか上手くはぐらかされて少々納得がいってないようだったが、聞いたところで答えない事を悟ったのだろう。ルークはそれ以上髪について触れる事はなかった。
そんなルークを宙はまじまじと見つめると、どことなく嬉しそうに笑った。
「しっかしアレだ。本当にルークなんだねー」
「!?」
「茜と睦から連絡来た時は耳を疑ったけど、うーん……相変わらずのヒヨコヘアーだわー」
「いや、別に頭はどうでも良いんだけど……何でアンタ俺の名前知ってるんだ?」
突然名前を言われて驚くルークに宙は首を傾げた。
「あれ、茜から聞いてない? あたし、前にオールドラントに言った事があるんだよ」
「え……
はああああああああっ!?」
宙のとんでもないカミングアウトにルークは素っ頓狂な声を上げた。
「ま、全く聞いてねぇって!」
そう言えば、異世界に行った事があるらしいと言う事しか話してなかったかも知れない。
「ご、ごめんねルーク……わたしが忘れてたから」
「あ、いや別に茜は悪くねーって。俺もちゃんと詳しく聞いてなかったからだし……」
謝った途端に急に慌ててそう切り返してきたルークにますます申し訳なくなる。それを眺めていた宙は「そう言う事か」なんて納得したように呟くと、今度は一つ一つ言葉を探しながら言葉を紡いだ。
「うん。どうも君はあたしの知ってるルークじゃないみたいだね」
「? どう言う事だ?」
「つまりはね、別の時間軸って言うか平行世界って言うか……同じオールドラントでも、君のいた時間とあたしが行った時間はそれぞれ違うって事だよ」
「「???」」
「未来は常に枝分かれをしてるんだ。君が生まれてから、君は沢山の選択をするだろ? その度に別れていく未来の一つにあたしが行ったって事」
要するに今目の前にいるルークの居た時間と平行したまた別の次元……よくSF系小説なんかに出てくるパラレルワールドと言う事で良いのだろうか。それならば、彼女の言う事も納得が行く。
ルークを見てみれば、彼もやや意味がわからないような感じではあったが、自分なりに答えが見つかったらしく頷いていた。
「そっか……でも、これでこの人が異世界経験者って事がわかって良かったよ」
「そうだね。……宙」
「はーい、なんでしょー?」
本題に入るべく、彼女に呼び掛けるといつの間にか取り出していたアイスクリームを頬張っていた……が、今は気にしない事にしよう。それよりも今はルークの帰る方法についてだ。
「宙は、ルークを元の世界に帰す方法を知ってる?」
もしくは帰す事が出来るのか、そう問えばルークも息を呑みながら彼女を見つめた。宙はアイスクリームをペロリと食べ切ると、ニッと笑った。
「知らないし、無理」
「……そ、そっか」
「…………………」
爽やか(?)な笑顔とは裏腹なそんな厳しい言葉にルークは落胆を隠せず、頭垂れてしまった。宙はそんな彼を励ますように肩を叩くと表情を変えずに言った。
「あのさ、ルーク。世界なんて、普通は越えないモノだよ。そんな普通じゃないコトが起こってるって事はさ、何かそうなるべき原因があるんじゃないかな?」
「そうなるべき、原因?」
「うん。もしくはそうせざるを得なかった原因って言うのかな」
原因。確かに彼女の言う通り、異世界なんて普通に越える事なんて出来る筈がない。ならば何かしら彼が来てしまった、もしくは来なければならなかった原因があるのかも知れない。
「何か思い当たる事とか、誰かから何かを聞いたりしてない?」
宙がそう問えば、ルークは考え込むように唸っていたが、やがて大きく溜め息を吐いて首を振った。
「何もわかんねぇー……」
「じゃあ、その内接触してくるんじゃない?」
「接触って……宙、それってどういう意味?」
まるで彼は誰かによってこの世界に来させられたような言い方だ。しかし彼女は確信でもあるのか、笑顔を崩さない。
「このルークがいつの時間から来たかはわからないけど、多分会った事はあるんじゃないかな。なくても、名前だけは間違いなく聞いた事はある筈だよ。もしそいつが原因なら確実にルークに接触してくると思うから、その時に帰り方でも聞いてみれば良いよ」
「そんな簡単に行くものなのか……?」
「成せば成る!」
ってね、と自信満々でそう言い切った宙。不思議とこちらまでそう思えてくるのは彼女が異世界の経験者だからなのか、それとも彼女自身の気質なのかは定かではないが、ただ一つわかる事がある。
「ルーク」
それは……
「また暫く、よろしくね」
彼ともう少しこの世界で過ごせると言う事だろう。
一人帰ってきた事でまた賑やかになった。寂しい梅雨明け前の雨音をかき消すような、そんな騒がしさが暖かいと感じた。
2012.7.7