ーーバレンタイン当日。
岬がうるさく愚痴る小谷を巡回に行って来いと追い出し、交番の中が静かに落ち着いた頃だった。
やっと静かになった。そう岬が息をついていれば、休憩室にいたヒカルが顔を覗かせた。
ゆーじっ。はにかむような笑みを浮かべて服の裾を引っ張るヒカルに、岬は笑みを浮かべれば、しゃがんで目線を合わせてやる。
「ん? ヒカル、どうした?」
んとね…これ、ばれんたいんっ! ヒカルは少し照れるようにもじもじとしたあと、少し緊張したような面持ちで差し出されたのは、ピンクのリボンがかかった黒い小箱。
「え? なに、俺にくれるのか?」
うんっ。岬の問いかけにヒカルは嬉しそうに頷く。
「開けて良いか?」
そういえば、この間散歩に言ってくると所長と二人で出かけていたか。そんなことを思い返しながら、わくわくとした様子で岬の様子を伺うヒカルにそう聞くと、岬は丁寧にリボンを解いた。
小箱の蓋をあけると、そこにはうさぎの形をした可愛らしいチョコレート。それを見れば、ヒカルが自分自身で選んでくれたことはすぐにわかった。
「ヒカル、ありがとな。すごく嬉しいよ」
小谷がバレンタインの話をした時に、興味を持っている様子だったけれど。チョコをもらうことではなく、俺にくれることを考えてくれていたのか。そう思えば、照れくさいような嬉しいような擽ったい気持ちになり、思わずヒカルをぎゅっと抱きしめる。ヒカルも嬉しそうに岬の首に抱き着いた。
一緒に過ごし始めて、どんどん成長していくヒカル。素直に、優しく成長していく姿は愛おしく、そして誇らしかった。
「そうだ。俺もヒカルにあげるものがあるんだよ」
「?」
思いがけず自分がもらう側に回ってしまったことで忘れていた、ヒカルへのチョコレートを思い出せば、首を傾げるヒカルににっこりと笑いかけてやる。
岬は、ちょっと待ってなと自分の机の引き出しから緑色のリボンで口を結んだ袋を取り出すと、ヒカルへと差し出した。
「はい。ヒカルにあげるよ」
「!!」
ぼくの!? 緑色の瞳を大きく見開くヒカルに、岬が頷いてやれば、わくわくした様子で袋のリボンを解いた。袋の中を覗き込めば、星やハートの形をしたカラフルな包み紙のチョコレート。
きらきらと瞳を輝かせながら袋の中を見るヒカルの様子に、岬は袋から赤色のハート型のチョコレートを取り出せば、包み紙を剥いてやる。
「ほら、口開けな」
促されるままに開かれたヒカルの口にチョコを入れてやれば、すぐにその顔には嬉しそうな笑みが浮かんだ。
あまくておいしいちょこれーと。
ぷれぜんとするのは、ちょっとどきどき。
ゆーじがくれたちょこれーとは、いつものちょこよりもなんだかあまくてしあわせなあじ。
ばれんたいんは、しあわせがいっぱいのひだ。
ヒカルの
バレンタイン大作戦!
おまけ。
ヒカルがくれた、ヒカルらしい可愛いうさぎの形をしたチョコ。
ヒカル自身で選んでくれたであろうそれは、とても嬉しいのだがーー。
「ヒカル。うさぎさん、食べて良いのか?」
「っ!!」
問われた岬の言葉に、ヒカルははっとした顔で岬とうさぎのチョコを交互に見た。
ちょこはたべてほしい。けど、たべられたらうさぎさん、かわいそう…。心の中の葛藤が目に見えるようなヒカルの表情は、次第に泣きそうに歪んでいく。
「…だよなぁ」
予想通りのヒカルの反応に、岬はヒカルの頭をぽんと叩けば、少し考えてから、ヒカルの手を引いて冷蔵庫へと向かった。どうするのか不安そうなヒカルが見ている前で、チョコの入った箱を冷蔵庫の一番上の段の隅に置く。
「うさぎさん、ここに入れておこうな」
たべなくていいの? 不安げな顔のヒカルを安心させるように、頭をぽんぽんと撫でてやれば、良いんだよと笑いかける。
「うさぎさんがこん中にいれば、冷蔵庫開けるたびにヒカルがくれたうさぎさん見て嬉しくなれるからな」
ほっとしたようにはにかんだヒカルの頭をもう一度撫でれば、冷蔵庫のドアをしめ、部屋へと戻った。
大きくなったヒカルが、それを見つけて真っ赤になったのは、また別のお話ーー。
Happy valentine's day !
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