ヒカルのバレンタイン大作戦! 前編 | ナノ



ーーそれは二月の昼下がり。

「だから良い加減、うちの交番にも女の子が配属されて良いと思うんすよ!」

「…お前なぁ、それ去年も言ってただろ」

真剣な顔で訴える小谷の言葉に、岬は面倒臭そうにそう返した。
女子職員の配属。それは、バレンタインチョコを欲しい。ただそれだけの理由で、毎年この時期になると小谷が無駄に熱心に訴えていることだった。
小谷の相手をする気もなく、絵本を開くヒカルを膝に乗せながら資料の書類を確認していた岬に、小谷は更に言い募る。

「だって、せっかくのバレンタインなのに! 男ばっかりじゃ盛り上がりも何もないじゃないっすか!」

「わざわざお菓子業界の策略にかからなくたって良いだろ」

岬が書類に視線を落としたままそう言えば、小谷は話を聞けと言うように岬の手元の書類を奪い、抗議するように言った。

「岬さん、まだ若いのになに枯れたこと言ってるんですか!? 策略だろうとなんだろうと、わかっていても引っかかってやるのが男でしょ!!」

「おまっ、枯れたとか言うな!」

こいつは俺のことを上司として見てるのか!? そう疑問を持ちたくなる小谷の言葉に、思わず岬は書類を奪い返しつつ声を荒げた。

「!?」

その声に、ヒカルがびっくりしたように瞳を見開きながら岬を見上げる。
悪いな、そう言うようにヒカルの頭を撫でやりつつ盛大なため息をつけば、岬は小谷をじとりと睨んだ。

「だってバレンタイン興味ないとか、男盛りの人間の言葉じゃないっすよ!」

睨まれれば気まずげに目線を逸らすものの、それでも納得できない様子の小谷の言葉に、岬は呆れたようにもう一度ため息をつきながら呟いた。

「勝手に決めんな。…ああいうのは、もらってもお返しが面倒だろう」

「あっ、それモテ男の発言!! お返しに、ってご飯に誘ったりとかしたら、そこから生まれるものだってあるかもしれないでしょ!」

面倒くさげに言った言葉は、更に小谷を刺激してしまったらしい。岬の発言に不満満載らしい小谷が言い募れば、岬は書類を読むのを諦めて机に置いた。二人の会話が気になるように首を傾げるヒカルを、気にするなと撫でてやる。かまってもらえたヒカルは嬉しそうにはにかむものの、相手にされていない小谷は不満なようで。

「…ヒカルくんの子育てだけして過ごしてたら、岬さん本当に枯れちゃいますよ?」

「お前、人のこと何度枯れたとか言う気だ!? …別に今はヒカルと二人で落ち着いて暮らせれば、それで良いんだよ」

ヒカルを抱きしめるようにしつつ、もう知るかというようにそう言えば、小谷は悔しそうにまたわめき始めた。

「あーもう、岬さんのことはもう良いですよ。それより、チョコですよ、チョコ! 職場の女の子からのチョコ!」

ちょこ? 好きなお菓子の名前を連呼する小谷に、思わず反応したヒカル。それを見逃さなかった小谷が、矛先をヒカルへと変える。

「あ、ほら、ヒカルくんだってチョコ欲しくない!?」

「?」

ちょこ、もらえるの? うずうずとした様子で頷くヒカルに、岬は小谷を窘めようと口を開いた。

「こら、ヒカルを巻き込むな」

だが、小谷がそれを聞くはずもなく。話に食いついたヒカルに、嬉しそうに話す。

「バレンタインはね、好きな人にチョコをあげたり、もらったり出来る日なんだよ」

ばれんたいん? ちょこのひ? 魅力的な言葉に、ヒカルの目が輝くのに、岬は諦めたようにため息をついた。

「ヒカルくんだってチョコ好きだよねぇ」

すきっ! こくこくと頷くヒカルに、小谷は満足そうに笑みを浮かべれば、もう一度岬へと話を振った。

「ほら、女の子が配属されれば、ヒカルくんだってチョコが食べられるんすよ! だからちょっと、岬さんから所長に提案してくださいよ!」

そんな馬鹿なこと所長に話せるか。岬は呆れたようにため息をつけば、時計を見やる。無駄話をしているうちに大分時間が経ってしまっていた。

「するかボケ! あ、もう巡回の時間だぞ。くだらないこと言ってる暇あったら早く行ってこい!」

「えー!」

「ほら、仕事しろ仕事!」

文句言いたげな小谷に巡回を促し、追い払うようにすれば、岬はこれ以上は聞かないというように再び書類へ視線を落とす。そんな岬に、小谷は不満の残る声で「行ってきまーす」と交番を出て行った。

ばれんたいん…ちょこ…。二人が仕事に戻ってしまった後も、ヒカルだけが小谷に教えてもらった話のことをぐるぐると考えていたーー。






それから暫くした日のことだった。
交番の休憩室で、ヒカルが芝浦と共に炬燵でお絵かきをしていると、テレビの情報番組がデパートからの中継を映した。

『ーー今日はこちらのデパートで開催されております、バレンタイン特設会場に来ております。会場には50店舗以上の有名チョコレート店が出店しており、たくさんの女性がチョコレートを求めて来場されています』

「!」

ばれんたいんっ!!  デパートの特設会場に出展されているいろんなチョコレート店の綺麗なチョコレートや、それを楽しげに、また真剣に選ぶ女性の姿。次々と写されるテレビ画面に、お絵かきをする手を止めて釘づけになるヒカルに、芝浦が声をかけた。

「ヒカル君、バレンタイン知っているの?」

しってるよ! ちょこのひ! 大きく頷くヒカルの様子に、芝浦は楽しそうな笑みを浮かべた。
こういうことは岬君は教えなさそうだし、小谷君辺りかな。そんなことを思いながら、芝浦はヒカルに聞いてみる。

「ヒカル君もチョコが欲しいかい?」

バレンタインには、妻に頼んでヒカル君へのチョコを用意しようか。そんな事を思いながら聞いた言葉に、ヒカルは違うと首を横に振った。

「ん? 欲しくないの?」

ちょこはすきだし、ほしいけれど、それよりも…。ヒカルは少し考えてから、お絵かき帳に、岬の似顔絵と、隣にチョコの絵を描いて芝浦に見せる。

「…ヒカル君は、岬君にチョコをプレゼントしたいんだね」

ヒカルの意図するところがわかり、芝浦が優しい笑みを浮かべてそう言うと、ヒカルは大きく頷いた。

「岬君は幸せ者だなぁ」

可愛らしいヒカルの想いに、芝浦は笑みを深くすれば、ヒカルの頭を撫でやりながら呟く。そして、内緒話をするように声を潜めると、こそりと一つの提案をした。

「…それじゃあヒカル君、僕と岬君へのチョコを買いに行こうか」

「!!」

いくっ! 芝浦からの提案に、ヒカルは嬉しそうに頷いた。




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