8.行きつくところはきっと同じ | ナノ


「朔(さく)、紹介するよ。大学で一緒の巽(たつみ)って言うんだ。」

いつものようにアパートへ遊びにきた年下の幼馴染に、俺ーー奏太朗(そうたろう)はそう言って恋人を紹介した。
さすがに弟みたいに可愛がっている朔に、男の巽を恋人だとはっきりと紹介することは出来ないものの、自分にとって大切な二人のことをお互いに紹介することが出来たのは嬉しかった。

「朔くん、こんにちは。初めまして」

そういう巽に、朔は暫く黙り込んでいたものの、名前を呼べばすぐに、

「こんにちは」

と返事を返してくれ、俺はほっと笑みを浮かべた。
さて、今日はどうしたのか。そう思い朔の手荷物を見れば、数学の教科書が抱えられていて。すぐに朔の要件がわかった。

「今日はどうした?数学?」

「あ、うん、こないだ奏兄に教えてもらったとこの応用問題出たんだけど、わかんなくて…」

「見せてみ」

案の定そう言って頷く朔を隣に来るよう促せば、開かれた教科書を覗き込み、問題を確認する。

「朔、これはーー」

答えがわかった問題を、朔が理解しやすいような言い回しに気をつけながら説明する。朔が小学校に入った頃から、勉強でわからないところがあれば、それを教えるのは自分の役目だった。
朔個人を教えるのであれば、教師よりもうまく教えられる自信がある。

「ーーだな。わかった?」

説明を終えて朔の顔を覗き込むと、いつもの納得した嬉しそうな笑みがなく、心配になる。
わかりにくかったか? そう聞こうとした矢先、一緒に説明を聞いていたらしい巽が声を上げた。

「奏太朗(そうたろう)、教えるの上手いのな。朔くん、近くにこんな良い先生いてくれて良いね」

そう言って朔に笑いかける巽に照れ臭くなるものの、すぐに意識は朔の方へ戻された。

「…わかった!ありがと!」

言い逃げるようにそう言って、教科書を持って飛び出して行く朔を止める間もなかった。
どうしたかな。そうは思ったけれど、巽が来ている状態で朔を追いかけることはできなかったーー。


+ + + + +


ーーあれから二週間。
朔がこない。

「朔の奴、いつもは勉強教えてだとか、おばさんからのおかずのお裾分けだとか、三日と開けずに顔出してたのになぁ」

アパートに来るわけではなかったとしても、家が近い分どこかしらで顔を合わせてたいた。
それなのに二週間、全く会うことがないのは、朔が故意に避けているようで、俺はため息をもらした。

「朔くん、兄離れの時期なんじゃない?中学生でしょ」

からかうように笑う巽にそう言われるも、俺は納得出来ずに口を尖らす。

「えー、まだ中学生だろー?ちっちゃい時から、ずっと奏兄って後ろくっついて来てたのに…」

「奏太朗のが弟離れ出来てないんじゃん」

そう言ってまた笑う巽に、俺は言い返すことも出来ずに黙り込んだ。
弟離れ出来ていない自覚はある。朔が中学に上がった頃、これで頻繁には会えなくなるかもしれないと覚悟をしていたが、朔は変わらずに奏兄と呼んで自分の元へやってきて。そんな朔が可愛くて仕方なかった。
朔も慕ってくれていると思っていたのは勘違いだったかと考え込み始めていれば、少し拗ねた様子の声で巽が言った。

「…奏太朗は俺より朔くんのが良いんだ」

背を向けてそんなことを言う巽は珍しい。
冗談でやっているんだろうとは思ったけれど、朔が構ってくれないと嘆いていたせいか、その拗ねたような、甘えたような巽の行為が可愛くて、つい笑みが浮かんだ。

「なーに言ってんの。…巽が大事に決まってるだろ?ーー愛してる」

背後から巽を抱きしめ、優しく言った。

「…ほんと?」

そう言った巽の声は予想外に不安げで。珍しいな。内心驚きつつもそこを突っ込まれるのを巽が好まないことはわかっていた俺は、抱きしめる腕の力を強めながら、柔らかな後ろ髪に口付けを落とした。

「もちろん」

もちろん、大切だ。恋人として、巽のことを愛している。

「じゃあ、もっと愛してーー」

そう言いながら自身の唇を奪って縋りついてくる巽が愛おしくて、しっかり抱き締めながら応える。

「んっ…ふ……」

口内に侵入し、舌を絡ませれば、次第に巽の身体の力が抜け、甘い声を漏らす。
甘えるように自身に縋るように身体を預けてくる巽が可愛くて。俺はゆっくりとその身体を押し倒したーー。





真夜中のことだった。
突然鳴り出した電話の音に、俺と巽は起こされた。

『もしもし、奏ちゃん!?』

「ーーはい。おばさん?」

半ば寝ぼけたまま取った電話から聞こえてきた朔の母親の声に、意識が一瞬で現実に引き戻された。
こんな時間のおばさんからの電話、おばさんの強張った声。そこにはもう、嫌な予感しかしなくて。

『朔が…交通事故に遭って…』

「……え、朔が!?」

『朔、自分からトラックに飛び出したって…』

そう言うおばさんの声は涙声になり、電話からはおばさんの嗚咽だけが聞こえてくる。
朔が、事故?トラックに飛び出した?
どうしてそんなことになっているのか、もう、わけがわからなかった。

「おばさん、病院どこ!? 今から行くから教えて!」

『えっと…ーー』

泣き続けるおばさんから、病院の名前を聞き出せば、ベッドから出て脱ぎ散らかしてあった服を纏う。

「奏太朗? なに、朔くん、どうかしたの?」

「ぁ…」

急にかけられた声に、はっとそちらを見れば、心配そうに俺を見つめる巽の姿があった。

「朔、事故にあったらしいんだ…。とりあえず、これから病院に行って来る」

かろうじてそれだけ言えば、俺は巽を置いて病院へと走った。
ただ、朔が無事でいてくれることだけを祈っていたーー。


+ + + + +


『今日、泊まりにいっても良い?』

ーー事故から一ヶ月。
時間の許す限り朔の病室に通い詰めている俺に、巽からのLINEが届いた。
そういえば、巽とも大分会っていないな…。

「…奏兄?どうしたの?」

それまで話をしていた俺が黙り込んだことに、朔が不安げに俺を呼ぶ。その声を聞けば、何もないと言うことを伝えるように、驚かさないようにそっと朔の頭を撫でた。

「大丈夫、何もないよ。朔の隣にいるよ」

安堵したようにはにかみ笑った朔に、俺はほっと息をついた。
ーーあの事故で、朔は両目の視力を失った。体力が回復してからいろんな検査や治療を行ったが、もう視力を回復することはないらしい。
巽が不安がっていることには気づいていた。けれど、視力を失い、まだ治る気配のない事故の怪我を幾つも身体に残して、それでも懸命に笑う朔の傍を離れる気になれなかった。

『ごめん、朔の病院に泊まる』

返事を書いただけのLINEを送れば、もう一度朔の頭を撫でた。





「朔、ごめん、すぐ戻るからちょっと待っていて」

「奏兄? …ん、いってらっしゃい」

不安を隠そうとしながらそう言う朔の頭を、良い子だ、と撫でて俺は病室を出た。

『今、朔くんの病院の屋上に来てる。話したいから今すぐ来て』

ーー巽からそのLINEが来たのは今日は会えないと連絡した少しあとだった。
こんな風に無茶なお願いを巽がしてくるのはもちろん気になったが、不安げに送り出してくれた朔を一人残して来たことも気掛かりだった。





屋上に出ると、すぐに巽の姿を見つけた。

「巽、どうした?今日、泊まりは無理って言ったと思うけど」

その言葉に帰ってきたのは、巽の悲しげな笑み。

「奏太朗。ーー俺たち、別れよう」

ーー巽の言葉に、すぐに言葉が出なかった。

「巽、どうして…。朔のことならーー」

「うん、あんなことになって可哀想だと思う。ついていてあげたいって思う奏太朗の気持ちもわかる」

なら、どうして。冷静な口調で話す巽に、戸惑いばかりが増えていく。

「それならーー」

「それでも!」

不意に叫ぶように声を上げた巽に、俺は言いかけの言葉が詰まる。

「…それでも、俺は朔くんがずるいって思うんだ。あんなことになっても、結果として奏太朗にずっと傍にいてもらえる朔くんが羨ましいって思っちゃうんだ」

「巽……」

「奏太朗は俺のことを恋人として大切にしていてくれたと思うけどさ。きっともし、俺か朔くんかでどちらかを選ばなきゃならなくなった時に奏太朗が選ぶのは、朔くんなんだよ」

そう言って、涙に濡れた顔で懸命に笑う巽は、どんな言葉をかけられることも拒絶していて。

「ーーだから、バイバイ」

俺は、大切な恋人がもう自分の元には戻ってこないことを悟ったーー。


+ + + + +


あの事故から一年が経った。
俺は、変わらず朔の傍にいる。

「朔、調子はどう?」

大学が終わり、朔の部屋を訪ねれば、ベッドに腰掛ける朔の姿があった。自分の方を振り向いて笑みを浮かべる朔。けれど、朔と視線が合うことはない。
一年経っても慣れることはなかなか出来ないその現実に痛みを覚えながら、俺は朔の隣に腰掛け、その頭を優しく撫でやった。

「うん、大丈夫、痛みも殆どないよ。あのね、窓の外から聴こえた足音でね、奏兄が来てくれたのがわかったよ」

「そっか。凄いな」

得意げに話す朔が可愛くて、もう一度頭を撫でれば朔も嬉しそうにその手に擦り寄ってくる。
自身を探すように手を伸ばされれば、隣にいることをわからせるように強くその手を握り締めた。

ーー事故から少しした頃から、朔はこんな風に甘えてくることが増えた。
以前のような、兄を慕うようなものとは違う種類の、明らかな好意。

「…朔、今日は少し散歩に出てみようか」

外から入ってくる心地よい風を感じて、朔を誘った。

「散歩?」

少し不安げな朔の顔。

「怖い?」

「…ううん、奏兄が一緒だから怖くない」

大丈夫だと、そう言って微笑みを浮かべてくる朔が、今とても愛おしい。

巽に別れを告げられてすぐは気付かなかった感情。
だが、巽はこんな俺自身の気持ちも、朔の気持ちにも気付いていたのだろうと、今はわかる。
巽のことを恋人として愛していた。
朔のことは弟みたいな大切な存在だと思っていた。
けど、きっと違ったのだ。あの事故がなかったとしても、いつか自身の本当の気持ちに気付いた時に、自身が選ぶのはやっぱり朔だったのだろうと、そう思う。

微笑む頬を優しく撫でれば、嬉しそうにはにかむ朔。
朔を促すように手を引いて立ち上がれば、俺は大切な愛おしい存在を守るように肩を抱き、外へと向かった。





行きつくところはきっと同じ

世界は色をなくす』さまより。



手に入らないなら壊してしまおうか 朔side.
第三者、なんていらないでしょう? 巽side.





朔side、巽sideに続き、ラスト奏太朗sideです。
最初は全員書くつもりは無かったのですが、二人の心情を書いたあと、奏太朗の心情も書いてあげたいと思い、こうなりました。

自分で書いといてアレなんですけども、
朔は奏太朗が同情で傍にいると思っているし、
巽は独りになってしまったし、
奏太朗も朔のことを大切に想っているけれど、それは伝わっていないし。。。
三人とも、幸せになれてはいないんですよね(苦笑)。

それでも、いつか乗り越えてくれたらなぁなんて、思っています。

読んでくださりありがとうこざいます。






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