6.手に入らないなら壊してしまおうか | ナノ


ーー大好きな年上の幼馴染に恋人ができた。

「朔(さく)、紹介するよ。大学で一緒の巽(たつみ)って言うんだ。」

「朔くん、こんにちは。初めまして」

いつものように、勉強を教えてもらうことを口実に奏(そう)兄のアパートへと行った俺は、絶対に会いたくなかった相手に出会ってしまった。
嬉しそうにそう紹介する奏兄と、照れくさそうに笑う巽さん。そんな二人の様子に、二人が友達じゃなくて恋人だっていうことはすぐにわかった。
男同士? そんなの関係ない。だって、俺だって、ずっと奏兄のことが好きだったんだから。

「朔?」

黙り込んだままの俺に、奏兄は訝しげに名前を呼ぶ。

「…ぁ、こんにちは」

若干ギクシャクした口調にはなかったものの、返事をした俺に奏兄はほっとした顔をした。

「今日はどうした?数学?」

「あ、うん、こないだ奏兄に教えてもらったとこの応用問題出たんだけど、わかんなくて…」

「見せてみ」

俺の手に持っていた数学の教科書を見て聞いてきた奏兄に、俺は奏兄の隣に行き教科書を開く。
奏兄が問題を確認しているのを待ちながら、俺は巽さんの様子を伺った。
落ち着いてて、大人っぽくて、優しそうな人。まだ中二の俺とは全然違う、奏兄と並んでいて釣り合う人ーー。

「朔、これはーー」

問題の答えがわかったらしい奏兄が説明を始めれば、俺は慌てて奏兄の手元にある教科書を覗き込む。けど、いつもはわかりやすい奏兄の説明が、今日は全然頭に入ってこなくて。

「ーーだな。わかった?」

そんな状態でいるうちに、奏兄の説明が終わり、奏兄が俺の顔を見ながら聞いてきた。
やばい、どうしよう。慌てて返事をしようと口を開いた俺の声よりも先に、それまで黙って一緒に奏兄の説明を聞いていた巽さんが声を上げた。

「奏太朗(そうたろう)、教えるの上手いのな。朔くん、近くにこんな良い先生いてくれて良いね」

「っ…」

にっこり笑いながら俺を見た巽さんに、悪意はなかったんだろうけれど。
当たり前のように奏兄を呼び捨てにする巽さんに、勉強を教えてもらう子供な自分に、悔しさや恥ずかしさが一気に押し寄せてきて。

「…わかった!ありがと!」

かろうじてそれだけ言えば、奏兄が持つ教科書を引ったくるようにして持てば、二人がいる部屋を飛び出したーー。


+ + + + +


ーーあれから二週間。
それまで二日に一回は絶対に顔を合わせていた奏兄に会わなかった。自分から会いに行くことはもちろん、外で鉢合わせそうになった時も必死に避けていた。
会いたいけど、会いたくなかった。

それでも、二週間も経てば、やっぱり会いたくて。
もし巽さんが来てるようだったら会わずに帰ろう。そう思って奏兄のアパートへ行ったことが間違いだった。



奏兄いるかな。巽さんは来ていないかな。
アパートのドアの前。チャイムを押すことはせずに、中の人の気配を伺うように耳をすませて中の様子を伺う。

ーー微かに漏れ聞こえた人の声。

「……っ……ぁ…」

「っ!!」

この間聞いた巽さんの、甘さの滲んだその声の意味を悟った瞬間、俺は扉から身体を引き離し、逃げるようにその場を離れたーー。



それから暫く、もうどこをどう歩いているかもわからないまま、ただ足を動かしていた。
二人の関係がはっきりとわかるその声を聞いてしまった衝撃は、ただ二人の雰囲気に恋人だと気付かされた時とは比べものにならなかった。

「奏兄は、あの人のものなんだ…」

もう、俺の気持ちが実ることはない。
奏兄が自分のものになることも、自分が奏兄のものになることも、ない。
伝えることすら、できなかった。

「ーーもう、こんなの、いらない」

こんな想い、いらない。
そう想いながら、まだ奏兄を想ってる俺なんか、いらない。
こんな想いなんか、
こんな俺なんか、
もう、壊れてしまえば良いーー。




「……くっ! 朔っ!!」

ーー必死に俺の名を呼ぶ奏兄の声に、俺は意識を取り戻した。

「朔っ…、お前なんであんな真似っ…」

涙声になりながら、怒ったような、悲しそうな声でそう言う奏兄の言葉に、俺は自分のしたことを思い出した。

大好きな人の心を手に入れることのできない自分なんか壊れてしまえば良い。
そう思った俺は、気が付けばすぐ目の前から来ていたトラックに飛び込んでいたーー。

結局、死ねなかったみたいだけど。
奏兄は知らせを聞いて、駆けつけて来てくれたのだろうか。巽さんのことをおいて、自分の元へ。
そう思うと、バカみたいだけどやっぱり嬉しくて。
はにかむように笑みを浮かべた時、今更のような自身の違和感に気付いたーー。


+ + + + +


あの事故から一年が経った。

「朔、調子はどう?」

扉のあいた音と、すぐ後に続いた奏兄の声に、俺は奏兄がいるだろう方を振り返り笑みを浮かべた。
すぐ傍にきた奏兄の手が頭を優しく撫で、それが心地良くて、俺はその手に擦り寄りながら言う。

「うん、大丈夫、痛みも殆どないよ。あのね、窓の外から聴こえた足音でね、奏兄が来てくれたのがわかったよ」

「そっか。凄いな」

そう言った奏兄は、褒めるように擦り寄った俺の頭をもう一度撫でてくれた。
ゆっくりと、奏兄を探すように手をあげれば、奏兄はすぐにその手を取って、安心させるように強く握ってくれる。

あの事故で、死ぬことは叶わなかったけれど、俺は確かに壊れた。
俺の目は何も見えなくなってしまった。

「朔、今日は少し散歩に出てみようか」

「散歩?」

「怖い?」

「…ううん、奏兄が一緒だから怖くない」

そう言って微笑めば、奏兄は俺の頬を優しく撫で、握った手をゆっくりと引いて俺を立たせてくれる。
そして、俺が立てば、守るように肩を抱きながら、外に向かってゆっくりと歩き出した。


ーー嬉しい誤算だったと思う。
あの事故のすぐ後に、奏兄は巽さんと別れた。
そして、それからはずっと光をなくした俺のすぐ傍で、俺のことを支えてくれている。
同情なんだと思う。それでも、巽さんよりも自分を選んでくれた。
それがわかった瞬間、俺は失明したことをとても幸福に感じたーー。


壊れてしまったのは目だけなのか、
それとも心もなのか、わからないけれど。

ーー俺は今、とてつもなく悲しくて、とてつもなく幸せだ。






手に入らないなら壊してしまおうか

世界は色をなくす』さまより。



第三者、なんていらないでしょう? 巽side.
行きつくところはきっと同じ 奏太朗side.





タイトルを見て少し考えて思い浮かんだのは、相手や物を壊すのではなく、自分自身を壊そうとする子でした。
好きな人に愛してるもらえない自分なら、壊れてしまえば良い。

歪んでいても、それも愛するがゆえなんだと思います。


読んでくださりありがとうございます。



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