7.第三者、なんていらないでしょう? | ナノ

「朔(さく)くん、こんにちは。初めまして」

「…ぁ、こんにちは」

恋人の奏太朗(そうたろう)から、幼馴染だという彼を紹介された時、すぐに彼も奏太朗のことを好きなんだとわかった。
彼も俺ーー巽(たつみ)が友達ではなく恋人だということになんとなく気付いているんだろう。促されて挨拶を返してくれた彼の声は可哀想なくらいギクシャクとしてしまっている。
奏太朗はその理由には全く気付いていないみたいだけど…。

幼馴染の彼からの熱い視線に気付いていないらしい鈍い奏太朗は、彼が持ってきた教科書を暫く考え込むように見たあと、丁寧にその問題の説明をし始めた。

「奏太朗(そうたろう)、教えるの上手いのな。朔くん、近くにこんな良い先生いてくれて良いね」

ーー彼に向かってそう言ったのは、嫉妬だ。
奏太朗は君のことを幼馴染にしか思っていないと、恋愛対象になっていないのだと。奏太朗が自分のことを想ってくれているのはわかっていても、そう言ってしまうくらい、初めて会った彼の存在は俺に不安を与えた。
俺の言葉をどう受け取ったのかはわからないけれど、奏太朗に短く礼を言えば、教科書を引ったくるようにして、彼は部屋を飛び出して行ってしまった。


+ + + + +


ーーあれから二週間。
奏太朗の部屋で一緒に過ごすことが多かったものの、彼と鉢合わせることはなかった。

「朔の奴、いつもは勉強教えてだとか、おばさんからのおかずのお裾分けだとか、三日と開けずに顔出してたのになぁ」

避けられてる気がする、とため息をもらす奏太朗に俺はからかうように言った。

「朔くん、兄離れの時期なんじゃない?中学生でしょ」

「えー、まだ中学生だろー?ちっちゃい時から、ずっと奏兄って後ろくっついて来てたのに…」

「奏太朗のが弟離れ出来てないんじゃん」

ぶつぶつ呟く奏太朗に、俺は面白くなくて。

「…奏太朗は俺より朔くんのが良いんだ」

あくまで冗談に聞こえるように。本音だなんて思われないように。
軽口を装ってそう言いながら背を向ければ、奏太朗は機嫌を取るように後ろから抱きしめてきた。

「なーに言ってんの。…巽が大事に決まってるだろ?ーー愛してる」

「…ほんと?」

自身を抱きしめる相手の腕を縋るようにぎゅっと掴みながらそう聞けば、奏太朗は俺の後ろ髪に幾度となく口付けた。

「もちろん」

「じゃあ、もっと愛してーー」

そう言って俺は奏太朗の腕の中で身体の向きを変えると、奏太朗の唇を奪った。

「んっ…ふ……」

最初は俺が主導権を持っていた筈なのに、気が付けば奏太朗の舌が俺の口内を犯していて。床に押し倒された俺は、奏太朗へ主導権を奪い取られていたーー。




ーーベッドの中。
行為のあとの気怠さを身体に纏わせながら微睡んでいた俺たちは、無機質な電話の音に起こされた。

「ーーはい。おばさん?……え、朔が!?」

眠そうな顔で、少し不機嫌そうな声音で電話に出る奏太朗。その顔が、次第に青ざめていくのを、俺はただ静かに見つめていた。


+ + + + +


ーー彼が自らトラックに飛び込んだあの日から、一ヶ月程が経った。
全治三ヶ月。両目の視力が回復することはないらしい。
あの事故の後から、奏太朗は時間が出来れば病院の彼の元へと足を運んでいる。

講義が終わり、スマホを確認すれば、奏太朗からのLINEが一件。
朝、今晩泊まりに行っても良いかLINEを送ったから、その返事だろう。

『ごめん、朔の病院に泊まる』

開いた画面には、予想していた通りの断りの返事。
事故以来、何度となくもらう断りの言葉に、泣きそうになるのを堪えながら苦笑を漏らした。

「…また、“朔”か」

この一ヶ月、二人で会う時間は殆どなくなった。
何度か会った時も、奏太朗の口から出るのは彼のことばかりだった。
朔。朔。朔。
そればかりーー。




『今、朔くんの病院の屋上に来てる。話したいから今すぐ来て』

そう送ったLINEはすぐに既読がつき、『わかった』と短い返事が来た。
暫く待っていれば、屋上のドアを開けて奏太が入ってくる。

「巽、どうした?今日、泊まりは無理って言ったと思うけど」

落ち着かない様子なのは、俺がいきなり来たからなのかな。それともやっぱりーー彼を待たせているから?
そんな奏太朗の様子に、俺は苦笑を漏らす。
そして、まっすぐに奏太朗を見据えて言った。

「奏太朗。ーー俺たち、別れよう」

俺の言葉を聞いた奏太朗の目が、驚いたように見開き、悲しそうにその表情が歪んだ。
ああ、良かった。奏太朗は、まだ俺のことを想ってくれていた。

「巽、どうして…。朔のことならーー」

「うん、あんなことになって可哀想だと思う。ついていてあげたいって思う奏太朗の気持ちもわかる」

「それならーー」

「それでも!」

奏太朗の言葉を遮り、俺は叫んだ。

「…それでも、俺は朔くんがずるいって思うんだ。あんなことになっても、結果として奏太朗にずっと傍にいてもらえる朔くんが羨ましいって思っちゃうんだ」

「巽……」

「奏太朗は俺のことを恋人として大切にしていてくれたと思うけどさ。きっともし、俺か朔くんかでどちらかを選ばなきゃならなくなった時に奏太朗が選ぶのは、朔くんなんだよ」

そこまで言った俺の顔は、もう涙でぐじゃぐじゃで。
それでも、最後のプライドでにっこり笑って告げた。

「だから、バイバイ」




ーーそれ以上、奏太朗が口を開くことはなくて。放心している奏太朗を置いて、俺は屋上を離れた。

本当は、奏太朗といたかった。
けど、奏太朗の中の彼の存在の大きさを知ってしまったら、もう無理だった。

奏太朗といたい。
けど、俺は奏太朗のヒロインじゃなかった。
ヒロインは俺じゃなくて、彼だった。
それなら俺は必要ない。
だって、ラブストーリーに、第三者なんていらないだろう。

俺は病院を振り返り、彼の病室を見上げながら呟いた。

「お幸せにーー」





第三者、なんていらないでしょう?

世界は色をなくす』さまより。



手に入らないなら壊してしまおうか 朔side.
行きつくところはきっと同じ 奏太朗side.





前回UPした“手に入らないならいっそ壊してしまおうか”の、奏太朗の恋人だった巽sideです。
続編ですが、サイドストーリーなのでどちらから読んでも問題はありません。

前作を書きながら、巽の目線からの話も書きたくなり、こういう形になりました。
どうしても、立場的に可哀想な話にはなってしまいましたが…。

巽にも、いつか幸せになってもらえたら、と思います。






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