客が一人も居ない喫茶店。彼は客が座るはずのカウンターで珈琲を飲んでいた。 マスターとは思えない行動もいつもの事なので気にしない。 「すいません、マスター。」 「ん、何だい?」 瞼に隠されていた瞳が気怠そうに私を捉えた。ラピスラズリを思わせるような深い群青色に息をするのも忘れる。 それはいきなり大空に放り出されたような感覚。……恐怖より先に来る感情は何と呼ぶのだろうか? 夜空に架かる銀河のごとき三つ編みの銀髪も、切れ長の瞳も、ようやく青年に達したばかりの美貌も、何もかもが私の時間を止めてしまう。 何の変哲もない喫茶店で珈琲を飲んでるだけなのに、その光景は現実ではなく一枚の絵画を見ているよう。 「マスター。あの…。」 「……会わせたい人が居るとか?」 「え、ええ。まあ…。人じゃなくて犬、なんですけど。」 「……はあ。確かに僕は君を家族のように思っている。だけど……父親になった記憶は無いよ?」 「そっちの『会わせたい』じゃねぇよ!!」 そして私は現実に引き戻される。 [戻る] |