※ヒロイン=吸血鬼
真紅色の恋心の続き


「なまえ」

 頭がぐらぐらする。意識が遠くなる。
 ベッドの上で半身を起こして、ぼんやりと、わたしは思う。わたしはこの感覚を知っている。これは、大昔に一度ニンゲンに追われて大怪我をしたときの、血が足りなくなったあのときと、同じ――。
 「なまえ?」。肩に触れられて、わたしは弾かれたように顔を上げる。そして即座にそれを後悔した。
 視界に映るおいしそうな首筋。嗚呼、おなかがすいた――。
 そこから先は一瞬だった。何かを思考する猶予もなく、ただ本能に従って身体が動く。わたしの顔を覗き込むそれをベッドの中へと引きずり込んで、逃げられないように組み敷いて、そうして牙を突き立てようとしたところで――ふと我に返る。「……あは」。当然と言えば当然だけれど、結局、わたしは骨の髄まで吸血鬼なのだ。

「ねぇ、」

 抑えきれない自嘲をこぼしながら、わたしは刹那を見下ろしたままで言葉を紡ぐ。幾らか冷静さを取り戻した頭で、僅かばかりの理性を辛うじてつなぎ止めている心で。

「君はそうやっていつも危機感の欠片もなくのこのことここに来るけど、わたしは吸血鬼なんだよ? 食べられちゃうかもよ?」
「元よりそのつもりだ。何の交換条件もなく、ただ人を襲うなと言っている訳では」
「そもそも、わたしがこうやってニンゲンなんかの言うこと聞いてるのもただの気まぐれなの。君の血を吸い尽くして殺してしまうことだってできるし、――君をわたしの眷属にしてしまうことだってできる」

 刹那は、驚いた様子も怯える様子も毛ほども見せず、まっすぐにわたしを見上げていた。

「それでも構わないと言ったら?」
「……ばかじゃないの」


(最後、わたしはそれだけを小さく呟いて、)



人間に我慢の限界って言うものがあるように、吸血鬼にも限界って言うものがあるんだ。
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20120226

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