「お、目が覚めたのか?」 ゆっくりと浮上する意識の中、最初に感じたのは、頬に触れる微かなぬくもり。瞳を開いて最初に視界に写ったのは白い天井。最初に聞いたのは、頭上から降り落ちる優しい声。 わたしは未だぼんやりとしたままで、反射的に声の主へと視線を向ける。すると、そこに、わたしの傍らにいたのは、ひどく綺麗な碧い目をした、ひと。 「あんまり心配させなさんな、心臓に悪い。今ドクターを呼ぶからちょっと待っ」 「いや、」 そのひとの大きなてのひらがわたしの頬を撫で、するりと離れてゆく。たったそれだけのことにどうしようもなく不安になったわたしは、思わず彼の言葉を遮っていた。 いや、どこにも行かないで。置いていかないで。一人にしないで。 そう言いたかったのだろうか、わたしは。咄嗟に身体を起こして縋るように手を伸ばそうとして、このひとがわたしの傍を離れて行かないように捕まえようとして、けれど、どうしてそうしようとしているのか、その理由がわからないことに気付く。頭が痛い。振り返ったそのひとも、不思議そうな顔をしている。わたしは逃げるようにうつむいた。あたまが、いたい。 「ああ、わかった。ここにいるよ」。僅かな沈黙の後、ふ、と柔らかな吐息を伴ってそんな言葉が返される。「けど、大丈夫か? 頭打ったんだろ?」。(そうか、頭を打ったから、だから頭が痛いんだ)。そんな風に納得する一方で、新たな疑問が首をもたげる。(でも、いつ、どこで、どうやって)。わたしは自分の内側に目を凝らすように視界を閉ざして、更に両てのひらで蓋をした。 「……よく覚えてない」 けれど、幾ら探してもわたしの中はからっぽで、答えなんか見つからない。それどころか、ようやく浮き彫りになったのは、この状況の異常さ。 「なまえ?」。そんなわたしの思考をかき乱す、あのひとが呼ぶ名前らしきもの。「なまえ、」。だれ、なに、どういう、こと? 混乱に拍車がかかり理解が追いつかないわたしの肩にそのひとの手が触れ、途端、意識が引き上げられて、 「ねえ、ここどこ? わかんない、だれ、あなたは……わたしは、」 (ただひとつ確かなことは、名前も姿も声も知らないこのひとのことを、わたしは無条件で信頼しおそらくは愛しているという、こと) ぼくときみをむすぶいと title:選択式御題 20110416 |