今旬(二豪)
2010/11/25 21:55





二階堂の自宅から徒歩で十分弱のスーパーに、二階堂と豪炎寺は夕食の食材を買い出しに来ていた。

四輪のカートに籠を乗せ、豪炎寺はガラガラと音をたてながらカートを押す。その横に付いて歩く二階堂は、時折姿を消してはカップラーメンやらスナック菓子やらのジャンクフードを両手に再び帰って来るが、豪炎寺がそれらを全て元あった場所に戻して来るようにきつく言えば、二階堂は落胆の表情を残し、返却の為インスタント食品のコーナーへとぼとぼと戻って行く。
まるで子供のようだと、豪炎寺はその後ろ姿を笑いながら二階堂の日頃の食事用に三個パックの納豆を籠に入れた。勿論、比較的安価且つ、賞味期限が一番長いものを選んで。
放っておくと二階堂は栄養価の低い食品を食べ過ぎる傾向にある。故に豪炎寺がこうして制限をかけ、尚且つ栄養価の高い食品を購入し、二階堂宅の冷蔵庫に納めておく。そうすれば二階堂は何も言わずに毎朝毎晩、それを食べるのだ。

「豪炎寺豪炎寺!」

いつの間にか商品の返却から帰って来た二階堂が、また何かを手にしていた。右手には青々とした胡瓜を一本。左手にはボトル容器、ラベルには浅漬けの素と大きく書かれている。

「これ作ってくれないか?」

「胡瓜の浅漬けですか? それなら良いですけど……」

何故いきなり胡瓜の浅漬けなのか、そう疑問に思わないことも無いが、豪炎寺は黙っておくことにした。二階堂のことだ、偶然に目に入り食べたくなっただけなのだろう。

「ありがとう。じゃあ頼むぞ」

豪炎寺の承諾に、嬉々として両手に持つ食材を籠に入れようと手を伸ばしたところで、二階堂の動きは止められた。

「監督、待ってください」

「ん?」

「その胡瓜は駄目です」

「え、なんで」

「ちょっと来てください」

カートを押していた手を片方だけ放し、二階堂の服の裾を握ると、豪炎寺はそのままやや速足でその場から移動を始める。菓子コーナーを横切り、日用品コーナーを横切り、見えてくるのは緑や赤の様々な野菜が積み上げられている野菜のコーナー。
赤字で値段が貼り出されているものが多く、どうやら元値より安くなっていることが伺えた。その野菜達を横切り、豪炎寺は一直線に胡瓜の並ぶ元へ向かうと、そこでやっと立ち止まった。先程、二階堂が立ち寄った場所でもある。

「先の部分が膨らんでいるのは、鮮度が落ちている証拠なんです」

豪炎寺に言われ、自分の手元にある胡瓜を見ると、確かに先端部が微妙に膨らんでおり、二階堂はへぇ、と感心の声を漏らした。

「深い緑で、艶があって、触った時に胡瓜の髭が指に痛いぐらいのものが美味しいそうです」

二階堂は再会した胡瓜達を見下ろす。静かに横たわる不揃いの胡瓜達が、急に現れた二人の人間に怯えている、二階堂の目にはそう映って仕方がない。
先程は気がつかなかったが、極端に曲がったものや妙に真っ直ぐなもの、よく見れば色艶にも若干の違いがある。怯えている胡瓜達には悪いが、二階堂はそのなかで最も色艶の良いものを一つ手に取る。チクチクと針のような髭が指に痛いが、二階堂にはその痛みが不思議と喜ばしいことに思えた。

「これはどうだ?」

二階堂は選りすぐった一本を、豪炎寺へ渡す。髭の鋭さに一瞬だけ目を見開いた豪炎寺の表情が、すぐに柔らかい笑みへと変わった。

「いいんじゃないでしょうか。大根も漬けませんか? 旬ですし、美味しいものが出来そうです」

それは楽しみだ、と二階堂も釣られて笑みを返す。

「それにしても詳しいな」

「どうせ作るなら、できるだけ美味しく食べてもらいたいんです」

少しだけ気恥ずかしげに瞳を伏せる豪炎寺の表情に、胸は反射的に高鳴った。寂しい独り暮らしを長年続けている二階堂にとって、こういった台詞は効果てきめんなのだ。
知らず知らずにツボをがっちりと掴んだ豪炎寺は、ときめきにうち震える二階堂を不思議そうに見上げては眉を潜めた。

「……なあ、豪炎寺」

「なんでしょうか」

神妙な声色の二階堂に、豪炎寺は身構える。

「お前は、いい嫁になるな」

一体何を言われるのだろうかと息を飲んだ程の緊張は、一瞬で落胆に変わった。
何を言うのかと思えば、また下らないことばかりと、豪炎寺はため息を吐いたが、その呆れ顔が次には真っ赤に染まる。

「俺のとこに嫁ぐ気は?」

「っ!」

動転した豪炎寺が、手押すカートの車輪にぶつかり躓く。二階堂が慌てて覗き込むと、更に顔を赤らめた豪炎寺が二階堂をきつく睨んだ。

「監督が、変なことばかり言うからです!」

爪先をぶつけた痛みで、瞳には薄く涙が滲んでおり。その表情を見て、二階堂はある事を直感するのだった。

(今が旬なのか)






…………

教えてくれ監督、なぜ胡瓜の浅漬けなんだ。
いい二豪の日ばんざい!



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