出会い


目が覚めると、森の中でした。





「…どこ、ここ」

なんとなく、呟いた声に違和感を覚える。

というより、自らの全てに違和感を覚えた。



徐々に浮上する意識。

増していく違和感。



覚醒しきっていない頭を抱えながら、上体を起こす。


冷静に、自分自身を観察してみる。


身に纏っているのは、シンプルな純白のワンピース。

乱れて目の前に垂れ下がった前髪をつまむ。深い蒼色。

ワンピースの裾から除く脚は、我ながら驚く程白かった。



そこでわかった違和感の正体。




自分が、誰だかわからない。




言葉はわかる。話せる。

しかし、自分の名前も、ここで意識を取り戻す前にどこで何をしていたのかもわからない。

そして、ここがなんという国なのか、どこなのか、いつなのかもわからない。

言語能力と最低限の常識を持ち合わせているだけのかよわい乙女である。




とにかく立ち上がろうと脚に力を込めるも、うまく立ち上がれない。

自分の脳は、立ち上がることも忘れてしまったのだろうかと少し不安になる。


寝転んでいた場所から近くの木へ縋りつき、どうにか寄り掛かるように立ち上がる。


とにかく、ここに居ても仕方がない。

近くに人が居るかはわからないが、誰かに助けを求めなければ。

しかし、まともに歩けもしないのにどうすれば良いのか…


木から木へと伝い、少しずつ前に進むも、足を捻ってその場に崩れてしまう。




「…まともに歩けやしねぇ」




座り込んだまま、へへへ、と怪しく笑いながら呟く。


そして再び木の幹に手を伸ばした、その視線の先には…



ガラス細工のように透きとおった身体をした、鳥が居た。



羽ばたく度にキラキラと輝きながらも、どこか冷たい。

瞳は黒く濁り、攻撃的な光を放っていた。


転んだ時に立てた物音に反応して飛んできたのだろう。




「…この世界では、この類のものは敵ということになるのかな。
 ということはこの世界の住人は生活する上で武装が必要であるということ?
 いや、町や村といった集落を成して暮らしているのであれば…」



のん気に思考を巡らせるも、当然目の前の敵は待ってくれない。バサリ、と一度羽ばたくと、低空飛行で自分へ向かってくる。




あの透きとおった嘴で突かれたら、きっとひどい怪我を負う。


しかし逃げようにも自分はまともに歩くこともできない。加えて足も捻っているし、戦うにしても武器を持っていない。



「わあああああああああ!!」



今の自分に出来ることは、悲鳴をあげて頭を庇いぎゅっと目を閉じて、来るべき痛みを覚悟することしかなかった。




しかし、いつまで経っても、覚悟していた鋭い痛みは来ない。



ゆっくり顔をあげてみると



自分の周りに、光が渦巻いていた。




渦巻いた光のせいで、先ほどのガラスの鳥は、自分に近づけないでいる。


再び弾丸のようにこちらへ向かって飛んでくるも、
光の渦に弾かれ、悔しそうにこちらを睨みつけていた。


「な…なんだろうこの光…守ってくれてるの?」


何が起こっているのかわからない。


自分の名前すらわからないのに、この不可思議な現象はなんなのだろう。


記憶はないけれど、この光が不可思議な現象であることはわかる。

そして、この光のおかげであの鳥が自分に危害を加えることができないらしいということも、わかる。


この光は、自分に害があるものではないのか…?

おそるおそる、光に手を伸ばしてみる。

と同時に、痺れを切らした鳥が、弾かれるのも構わずこちらに向かってきた。


キーンという高い音と共に、光の渦が揺れる。



「わぁっ!?」

驚いて手を引っ込めると同時に光の渦も揺らぎ、消えてしまった。



消えてしまった。



「消えてしまっ…え?」



状況を把握するよりも先に、鳥がこちらへ向かってくる。



「いっ……ぎゃああああああああっ!!」


悲鳴をあげて、頭を抱えて伏せる。

今度こそもう、鳥と自分を隔ててくれるものは何もない。



何も始まらないまま、ここで死んでしまうのだろうか。


走馬灯を見るような記憶も持ち合わせていないとは、なんと悲しいことだろう。



一瞬そんな事を考えていると、



「ウィンドウエッジ」



男の人の声が、聞こえた。






恐る恐る顔を上げると、先程の鳥はいなくなっていて、全身紫な男の人が、こちらを見下していた。

こちらが地面に伏せているので直立している男の人がこちらを見下す形になるのは当然なのだが


違うのだ。


見下している。
卑下している。
馬鹿にしている。


「…そんな目で私を見ないで」

「…助けてもらってまず一言目がそれなのかい?」


のろのろと起き上がりながら棒読みで言ってみると、予想以上に冷たい返事が返ってきて少々戸惑う。



しかしまずはお礼を言わなければと思い直し、力の入らない足でどうにか正座の体勢を作って深々と頭を下げる。


「…助けてくださってありがとうございました。」


「…はっきり言って助けるつもりなんてさらさら無かったんだけどね。なんだか変な奴がいると思って様子を見てたんだけど…あまりにも聞き苦しい悲鳴をあげて無様に這いつくばるものだから、つい助けちゃったじゃないか。」



素直にお礼を述べたのに、更に辛辣な言葉が突き刺さる。


助けてくれた人なのに優しくない。どういうことなの。


「…ところで、さっきの鳥は、なんなんですか?」


素直な疑問を投げ掛けると、男の人は訝し気に眉を寄せる。

何かおかしなことを聞いてしまったのだろうか。


「氷のバイラス、フローズドクロウだよ。あんなのそこらへんにうじゃうじゃ居るじゃないか。」

「ガラスじゃなかったんだ…
ってそれより、あんな危険なものがそこらへんにうじゃうじゃ居るの!?」



一人で混乱していると、男の人はますます訝し気な顔をした。


「ところで・・・君は一体どこから来たんだい?うまく歩けていないみたいだけど・・・」



労わる声色がないよ。


むしろやっぱり

「歩くことすらできないのかい?」

という馬鹿にしたニュアンスが含まれている気がする。



いや、きっと気のせい。人を第一印象だけで判断してはいけない。



「どこから来たというか…………どこから来たんでしょう?私」



「君、もしかして馬鹿なの?」



やはり、男の人の形の良い唇が紡ぐのは、辛辣な言葉。

確かに、自分でも馬鹿な問いかけをしたとは思うけれど…


「…記憶が、無いみたいなんです。自分の名前も、どこからきたのかもわからなくて」


連続コンボでへこまされた挙句、説明しているうちに記憶が無い違和感と不安が今更ながら襲ってきて、なんだか泣きそうな声が出てしまった。


男の人を見上げると、


…やっぱり、かなり面倒臭そうな顔でこちらを見下していた。


「記憶喪失ってわけかい?ここがどこなのかも、帰る場所も、自分の名前すら…どうして、あんなふうに光を操れたのかも、わからないと?」

男の人の目が、馬鹿にしたようなものから、冷たいものへと変わる。

「そもそもあの光は、私が操っていたものなの…?」

「………。」

冷たい視線に怯えながら、恐る恐る尋ねると、

男の人は少し考えるように口元に手を添え、眉を潜める。

とてもキザな仕種なのに、この男の人には似合っているように見えた。

「…まともに歩けないみたいだし、このままここに放置していくのもなかなか面白そうだったんだけどねぇ。
 森の奥に倒れていた民間人…
 いや……フォルス能力者を、保護しないわけにはいかないか…」

男の人は何かをぶつぶつと呟くと、こちらに向き直り、妖しい笑みを浮かべる。


「僕だって王族の部隊だからねぇ……君を、保護してあげるよ」


突然向けられた妖しい笑顔に戸惑ったが、とりあえず保護してもらえることになったらしい。


……しかし、目の前の男の人が誰なのか、自分は保護された後どうなるのかわからない今は、それが喜ぶべき事なのかすら、わからなかった。


―――――――――――――――
サレに会った日


[ 2/36 ]

[*prev] [next#]
[top]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -