道のり

「少しくらい、自分で歩けないのかい?」


私の肩を支えて歩きながら、紫の人がうんざりしたように呟く。


「ご…ごめん、なさい。紫さんも仕事の帰りって言ってたから、疲れてるんです…よね?」


話によると、現在隣をムスッとした顔でドスドス歩いている牛のような風貌の男の人と、現在私を支えて歩いてくれている紫色の男の人は国の兵士として働いている人で、任務の帰りに偶然私を見つけたのだという。

任務の帰りで疲れているところにこんな歩けない娘を拾ってしまったらさぞや厄介だろうと、自分のことながら申し訳なさそうに謝罪を述べると、紫さんの眉がピクリと跳ね上がる。


「紫さんって…もしかして僕のことを言っているのかい?」

「…全体的に紫っぽいので。」

悪びれもせずに言い返すと、紫さんは大きくため息を吐いた。

「仕方がないから名前を教えてあげるよ。僕はサレ。面倒だから呼び捨てでいいよ。面倒だからその変な敬語もいらない。」


「うん。わかった。…面倒だからって二回言ったね。」

「仕方がないじゃないか。面倒なんだから。」


サレは前髪をかきあげながら投げやりに答える。
いちいち仕種がキザッぽい人だ。

それにしても、変な敬語…だっただろうか。
確かに自分でも、敬語と常用語が混ざっていたような気もする。
記憶喪失だからなのか、もともと無知だったのかはわからないが、このままおかしな言葉遣いを続けるよりは、今は普通に喋ってあとで勉強しなおすのが得策だろうかと、少し考え込む。



「あの、そっちの牛さんの名前も教えていただけるとー…」

ふと隣を歩く牛のような風貌の男の人に尋ねると、途端にサレは私を地面にほっぽり出して笑い転げ、牛さんは狂ったように怒り出した。


「牛!?牛さんだと!?俺にはトーマというちゃんとした名前がある!!まったく!!けしからん!これだからヒューマは好かんのだ!!」

地面に座り込んでいる私に向かって、牛さんもといトーマは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「ご…ごめん…ところでトーマ、ヒューマって?」

怒鳴られながらも、聞きなれない単語はしっかりと聞いておく。


「お前のような奴のことだ!」

トーマは鼻息をフンッと吹き出すと、さっさと歩きだしてしまった。


「私が、ヒューマ?」

怒り狂ったトーマからはまともな返答がもらえずサレに問い直す。

サレは笑いすぎて滲んだ涙を薄紫色のハンカチでエレガントに拭きとると、ちょっと考えるように視線を逸らした。


「…そんな常識、知らない人に会ったことがないからどう説明したらいいのかわからないけど…。」

わざとらしく申し訳なさそうな声色で、こちらをチラチラ見ながら呟く。

「はぁ…すいませんね。記憶喪失なもんで。」

片方の眉を吊り上げて、こちらも負けじと言い返す。


サレは、クスクスと楽しげに笑ったあと、

「冗談だよ。怒ったのかい?」

とやはり馬鹿にしたような声色で言った。


「まぁ、お詫びにちゃんと説明してあげるよ。…簡単に言うと、このカレギア王国に住む2つの人種のことだよ。ヒト形がヒューマで、知力に優れ体力に劣る。獣人形がガジュマ。体力に優れ知力に劣る。詳しいことは城に着いてからまた説明してあげる。」


「へぇ…ありがとう、ございます。」


時々嫌な言い方をする人だけれどやはり頭は良いらしく、短い説明でもとてもわかりやすい。


「まぁ、何はともあれ城に着かないことには始まらないからねぇ。さっさと行きたいところなんだけれども…。」

ねっとりとした声色で言いながら、地面に座り込んだままの私を見下す。

暗に、自力で歩けと言っている。彼の目が訴えている。


「…自分で立てるから大丈夫。」

申し訳無さに少し強がって見せると、どうにかこうにか立ち上がる。

まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと歩みを進めた後、

…豪快に転んで顔を地面に打ち付けた。

「…うぇっぺ…痛い…」
口の中に入った砂を吐き出して、涙目でサレを見上げる。

「…もしかして笑わせようとしてくれているのかい?見ている僕としては非常に楽しめたんだけれど…」

「…違う。至って真面目ですよ。」

いくら頭が良くたってやっぱり嫌な人だ…と思いながら、楽しげに口角を上げているサレを睨んだ。



「仕方がない…面倒だけど背負っていくしかないかな。面倒だけれども。」

「……また面倒って二回言った!」

「そりゃあまぁ、面倒だからね」

サレに軽くあしらわれたあと、少し思考を巡らせる。

確かにこのまま支えてもらってノロノロ進むよりも、サレに背負ってもらったほうが早く王都とやらに着ける。


「…って……背負っ…?」

「背負って。それとも、お姫さま抱っこをご希望かい?」


すっかり気が動転した私を相変わらず見下したまま、サレはからかうように言う。

背負って、ということは、後ろから抱きつく形になる。
お姫さま抱っこは…もっての他だ。恥ずかしすぎる。

考えれば考えるほど恥ずかしくなってきて、顔についた砂を改めて取り払いながらサレをしみじみと眺めてみる。


病的なまでに白い、透きとおるように綺麗な肌。

切れ長で鋭い目。瑠璃色の瞳。さらりと流れる紫色の髪。

鼻筋も通っているし、唇は薄いが形が良い。


よく見ればとても整った顔をしている。


それに加えてすらりとした手足、細い腰…

…この人、実は格好良いんじゃないだろうか。

そう思えば思うほど、抱きかかえてもらうという事実が照れくさくなる。



「さっきからじっと見てるけど、何?」

呆けたままサレを見つけていた私に、サレは訝しげに眉を顰めた。

ただでさえ照れくさかったのに、指摘されて更に恥ずかしくなってきた。
みるみるうちに顔が熱くなってくる。

「…なんでもないです。ところでサレ、力無さそうだけど大丈夫なの?」


照れくささについ憎まれ口を叩いてしまう。
するとサレは少し驚いたように目を見開いたあと、楽しそうに目を細めた。

「君一人くらいなんの問題も無いんだけど、心配してくれているのならお言葉に甘えて…トーマ!」

サレが、もう随分遠くを歩いているトーマに呼びかける。

私は、その意図がわからなくて首を傾げた。


「なんだ!」

先程私に牛さんと呼ばれたことをまだ怒っているのか、遠くから響くトーマの返事には、だいぶ不機嫌な色が伺える。



「この子、トーマが背負っていってあげてよ」


「「え?」」


サレの言葉に、思わずトーマと反応が被った。

先を歩いていたトーマはずんずんとこちらへ戻ってくる。
一歩一歩に怒りが込められているようで、トーマがこちらに近づく度に地面が揺れる。



「何故!俺が!こんなヒューマの小娘を!背負わなければならんのだ!」

「じゃあ、バルカに着くのが明日になってもいいのかい?」

「それは…」

最初は凄まじい剣幕でサレに詰め寄ったトーマだったが、サレの一言に目が泳ぐ。


「この子を背負って行けば、日没までには着けるんじゃないのかなぁ?」

「…チッ」

トーマは何か言いかけて口をモゴモゴさせていたが、言い返す言葉が見当たらないようで、盛大に舌打ちをした。

そんなに私を背負うのが嫌なのか。

「…サレ、お前…この小娘にやけに甘くはないか?」

トーマは、やはり納得がいかないようで、未だ座り込んでいる私を指差してぼやく。
そんなトーマの様子を見て、サレは前髪をかき上げながら溜息を吐いた。

「そんなことは無いと思うけど?フォルス能力者の保護は僕らの重要な任務だからね。特に…ヒューマの、女の子なんて。」

「それは確かにそうだが…」

トーマとサレが私を見ながら何やら難しい話をしているが、私にはよくわからなかった。

フォルス…また知らない語句が出てきたが、さっきの光のことだろうか。
王都に着いたら教えてもらうことがまだまだ山程ありそうだ。


「仕方が無い…さっさと乗れ」

トーマがしぶしぶといった様子でしゃがみ込み、こちらに背中を向ける。

先程まではサレに背負ってもらうかもと照れていたのに、こうなってしまうとなんだか複雑な気持ちだった。

とはいえ、せっかく背負ってもらうのだからありがたくトーマの肩に手を伸ばし、牛のように大きな背中にしがみつく。
トーマは軽々と私を抱えなおすと、なんの苦もなく立ち上がる。
先程サレが言っていたように、やはりガジュマという種族は力があるのだろう。
私を背負っていることなど関係なく、さっさと歩きだしてしまう。

「…それに、面白そうだしね。君は。」

振り向くと、サレがニヤリと笑いながら何かを呟いていたようだったが、私には何と言っていたのか、聞き取ることはできなかった。



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美形に姫抱きしてもらえると思ったら大間違いだったの巻


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