思わぬ弊害


胸を締め付けるような苦しさを覚えてメイが目を開けると、真っ暗な場所に居た。
宿の部屋に居たはずなのに、ここはどこだろうと周囲を見回す。


目の前で突然赤い光で覆われ、眩しさに目を閉じた。


光が弱まったところで恐る恐る目を開けると、先ほどの赤い光がぼんやりと辺りを照らし、その光が眼だったことがわかる。


二つの赤に照らされて、その目の持ち主の巨大な輪郭が朧気に浮かび上がった。

その自分の何倍もある生物を前に、メイは何故か焦燥感に駆られる。


待って、もう少しだけ…


咄嗟に胸の前で手を組み合わせ、祈る。

祈らなければ、懇願しなければと、どうしてかわからない焦りに、思わず身体が震える。

メイの様子を見て、それは大きく唸り声を上げた。







夢の続きが見たかったのに、騒がしくて目が覚めてしまった。


いつもは”なにかおかしな夢を見た”というふわふわとした感覚だけが残るのに、今日はやけに現実感があった。

どうしてかもう一度、あの生き物に会って、話をしなければと思った。

そうは思っても、所詮夢の話だ。

部屋の外から聞こえる騒がしい声に、村の人たちは早起きだなぁと呑気に目を擦り、ベットを降りる。


まだ眠っているマオとユージーンを置いて部屋を出ると、わらわらと農具や木の棒を構えた村人達が、怒号を上げてこちらへ向かってきた。


「えっ…えええっ」

この騒ぎにユージーンとマオを巻き込まないよう後ろ手でドアを閉めると、村人達はあっというまにメイを取り囲んでしまう。


宿代はちゃんと払ったし、一体自分たちが何をしたというのかと混乱しつつ、村人たちを見回す。

「み、皆さん落ち着いてください、一体どうしまし…」

「村長こいつですよ!やっぱりあの紫頭と同じ服着てます!」

斧を掲げ、ヒューマの男性が叫んだ。

瞬間、すべてを理解した。



あ の く そ 紫 ! !



要するに、前にこの村へヒューマの娘を攫いに来たのはサレで、その際存分に暴れて気持ちよく帰って行ったのだろう。

そのサレと同じ服を着ている私がサレの仲間で、また村に悪さをしに来たと誤解されてしまったのだ。

しかし、過去に一度美女狩り任務に参加してしまったことも事実であるため、メイの素直な性格から強く否定することが出来ない。

しかもこの服はオーダーメイドだと知っている。量産されているデザインではない。目立っても仕方がないのだ。

服というのは制服や軍服のように、自分の身元を証明する手段にもなりえる。このままの格好で出歩けばサレと繋がりがあると誇示しているようなものだ。

くそう少し考えればわかることだった。迂闊だった。

しかしこんなところでサレが弊害になるとは…!


「あいつの仲間だ!」

「娘を返して!」

くちぐちに叫び、興奮しきった村人達をなんとか宥めようと、両手を顔の横まで上げて無抵抗を主張する。

「落ち着いてください…私達は貴方達に危害を加えるつもりは…」

「じゃあお前は王の盾とは無関係なのか?」

「む、無関係…とは…」


投げかけられた問いに言葉が詰まってしまったのが決め手になった。

「やっぱり関係者だ!」

「奥の部屋にいる仲間と一緒に捕まえろ!」

関係ないとは言えないけれど危害を加えるつもりはないのに!

村人に押し寄せられて半泣きになっているメイを、後ろから大きな手が支えた。
見上げると、ユージーンが寝起きとは思えないほど凛とした表情で、村人の前へ立った。

逞しく、ガタイの良いユージーンを見て村人達は一瞬怯むも、また口々に非難を浴びせる。

「皆さん、私達は皆さんの言う、王の盾による誘拐事件について調べるため、旅をしている者です。」

ユージーンがよく通る声で声高らかに言い放つと、村人達はしんと静まりかえった。

「お騒がせして申し訳ない。しかし、王の盾に私たちのような存在が居ると知られるのは都合が悪い。私たちの存在や、ここに寄ったということは内密にしていただきたい。」

「ご、誤解されるようなことをしてしまってごめんなさい。攫われた娘さんたちが一刻も早く自分の村へ帰れるよう、私たちも尽力します!」

ユージーンの声に後押しされてメイも頭を下げると、村人達はあっさりと武器を下げてくれた。

起きてきたマオが、大勢集まった人と、その手にぶら下げられている物騒な武器に驚いて悲鳴をあげたのは、そのすぐ後のことだった。




朝食を振舞われながら村長さんからの謝罪を受け、お詫びにグミや野菜を分けてもらい、申し訳ないほど丁重にもてなされて村を出た。


あんなに温厚で暖かな村人たちをあれほど怒らせるなんて、いったいサレはどれだけ酷いことをしたのだろう。



「メイ、今朝は大丈夫だったか?」

「はい。それに私も一度任務に参加しているのも事実ですし、村を荒らされた人たちの気持ちを、正面から受けるいい機会だったかな、とも思います…」

「それにしたって一気にいろんなことが起こりすぎだよネ。しかも今回なんて完全にサレのせいだし!」

マオも怒りを露わにしてサレを責める。相変わらずマオとサレは仲が悪い

「まぁ私もこの服で旅を続けるのは目立ちすぎるってことがわかったし…今後何度もこんな騒ぎを起こして、私達の足取りが追っ手にバレるのも好ましくないから、次に大きな町に着いたら安いものでいいから装備を一新しようかな…」

メイが愛着のあるスーツの裾を摘まんで呟くと、ユージーンも同意して頷く。

唯一マオだけが、気乗りしない顔でメイを凝視する。


「何?マオ、気になることでもあった?」

「いや…ボクもその意見には賛成なんだけど、ただその服ってサレにもらった服でしょ?」

「そうだよ?」

「…サレが怒らないといいネ」

「え?なんて言った?」

「なんでもないヨ」


マオが斜め下の地面を見下ろしてモゴモゴと呟いた内容は、メイには届かなかったようだ。



「それで、当面の目的地についてだが…」

「隊長、昨夜…少し気になる話を聞きました」

ユージーンの言葉を遮って、メイが挙手する。


「気になる話、というと?」


ユージーンがメイの話題に興味を示し先を促すと、メイは昨日の夜の話を思い返す。



「北の村で、暴走したフォルスによって氷付けになった、”氷中花”の話です」



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