おかいもの


サレは、ソファに脚を組んで深く腰を掛けたまま、私のことを睨みつけていた。
私はといえば、床に正座させられてひたすら頭を下げ続けている。
…ここは私の部屋なのに。


「闘技場はね、訓練とか儀式にも使われる大切な場所なんだよ」

「………はい」

「わかってるの?」

「………はい」

「わかってるならどうして何度も壊すの?」

「………ごめんなさい」

私がマオと一緒に破壊した闘技場の件で、サレは私の代わりにジルバ様にこってり絞られた上に、正規軍からも嫌味を言われてきたらしい。

怒り心頭のサレは、私の部屋に入ってきたかと思えば私を床に投げ、かれこれ何時間も説教をしているのだ。

…床に叩きつけられた時に打ちつけた身体が痛い。


「ごめんなさいじゃなくてね、どうして壊したか聞いてるんだけど」

「い、怒りと憎しみをこめたら壊れた」

「へぇ、じゃあ僕も怒りと憎しみをこめて、メイのこと壊してもいいかな?」

「本当に申し訳ございませんでしたもうしません」

サレがソファから半分身体を浮かせ、口元を歪めながらこちらに手を伸ばす。

サレの口から「壊す」などと恐ろしい言葉が飛び出したので、思わず身体を引きずってサレから距離を離しつつ、悲鳴混じりで謝罪した。

最初こそ本気で怒っていたサレも、今では私を虐める口実ができて喜んでいるようにしか見えない。

「…じゃあ、何をしたら許してもらえると思ってる?」

私の派手な反応が面白かったのか、クスクスと笑いながらソファに座り直してサレが問う。

何をしたら…?


私だって自分の身が可愛い。
自分で過酷な条件は出したくない。
しかし、私が自分から提示した温い条件で、サレを満足させられるとは思えない。


「…何をしたら許していただけますか」

逆にサレに回答を求めてみることにした。
これはある意味一番危険な選択肢だったが、自分で自分を痛めつけるような条件を考えるのは辛かった。

「そうだねぇ…」

キザな仕草で前髪を掻き上げて窓の外を眺めながら、サレは笑みを深くする。


「ほんとに僕に許してもらう気はあるの?そんなに全部拒否されたらもう何も思い付かないよ」

「一生奴隷とかスカートのまま逆立ち城内一周とかより優しい条件なんていくらでもあるよ」

様々な酷い条件を出されたが、私が泣きながら懇願したおかげですべて取り下げていただいた。
サレは提示した条件を私に飲ませるというより、ほとんど私を困らせたくて言っていたようで、私が泣き喚く姿が見れただけでも十分幸せそうだった。憎たらしい。

「仕方ないな…僕の買い物に付き合ってくれたら許してあげるよ」

サレが心底つまらなそうに呟いたのは、思っていたよりずっと楽そうな条件。

あまりにも普通なので、つい思考が悪い方向へ転がる。

「…ラズベリージャム一生分とか持たされるの?」

「メイが一生分のジャム瓶を抱えて街を歩きたいならそうしてもいいよ?」

サレが「予定にはなかったけど、買い物にジャムも追加しようか」と笑顔を浮かべるのを見て、これ以上余計なことを言うのは止めようと思いました。



久しぶりに降り立ったバルカの街に、気分が高まらないはずはない。

ほとんど城から抜け出し、逃げ隠れしながらしか見たことのないお店を、今日はサレの許す限りゆっくり見ることができた。

何度か顔を合わせたことがあるお店のおじさんに声を掛けられるたび、サレに「僕の知らない間に随分仲良くなったじゃないか。この店には一体何回通ったんだい?」と城を抜け出したことをねちねちと責められたりしたが。

毎度逃げ出す私を連れ戻す役を担っているサレからすれば、私が街の皆と仲良くしているのは面白くないのだろう。当然と言えば当然だ。

街の皆と仲良くなれるほどの回数を逃げ出し、それだけの回数サレが私を連れ戻しているんだから。


そうして見知った商店街を通り過ぎると、サレは私を見知らぬ路地裏へと連れ込んだ。

表通りよりは薄暗いが、濃い色の石畳に高級店が立ち並んでいる。

明らかに空気の違う店構えに圧倒され、キョロキョロと辺りを見回しているうちに、サレは躊躇なく洋装店へ入って行ってしまった。

深い赤色のプレートに金文字で店の名前が綴ってあり、チラリと視界に入ったショーウインドウには、上品なカクテルドレスや紳士服を身に纏ったマネキンが鎮座している。

こんな高級店に足を踏み入れるのはやはり気後れしたが、それでも路地裏に取り残されるのはもっと心細いので、慌ててサレに続いて店のドアをくぐった。


アガーテ様の部屋には及ばないものの、見事な彫刻の施された柱や、控えめに輝くシャンデリアに思わず見惚れてしまう。

そんな店の店主が、サレの姿を見るなり笑顔で歩み寄ってきた。
サレはこの店の常連らしく、慣れた様子で店主と話し始める。
サレが店主と話している間、暇なので飾られている洋服達を眺めて回った。

明るい色合いの美しいスカーフ、光沢のあるジャケット、ディスプレイされた装飾品全てが値札を見なくても相当の価値のあるものだろうとわかる。

その時、深い藍色のスーツに目が留まる。

サレや私が着ているものに良く似ていて、思わず手を伸ばした。しっかりとした生地が指を滑り、手に馴染む。
間違いなく、使われている生地は一緒だろうと思った。

何の気なしに値札をひっくり返して

「……っひ!!」

そのあまりの値段に悲鳴を上げそうになり、寸のところで息を飲み込んだ。

いや、値段どうこう言うつもりはないが、それにしても私が数ヶ月任務をこなして、やっと手が届くようなこの値段。
それにサレは、この服をくれた時になんと言っていたか。

『メイが僕の下僕になるっていうから、お祝いにその服をわざわざ作らせたっていうのに、もっと喜んだらどうなんだい?』

わざわざ作らせた、と言ってはいなかっただろうか。
つまりこの服は特注品。オーダーメイド。
このスーツよりも更に値が張るということだ。
何故こんなに良い服を私にくれたのか。しかもサレとお揃い。しかもオーダーメイド。
先日の任務で少し解れてしまったスカートの裾が途端に後ろめたくなり、慌てて指で押さえた。


「さ、サレ!サレ!」

「メイ、こっちに来なよ」
思わずサレを呼ぶも、逆にこちらが呼ばれてしまう。

「な、何サレ、わたし―――」

サレの傍に駆け寄ると、そのまま乱暴に肩を押される。
バランスを崩して後ろへよろけると、そのまま目の前でカーテンが閉まった。

「できたら教えてよ」

カーテンの向こうで、サレの声が聞こえる。

何が起きたのか理解できず、カーテンに手を伸ばそうとする前に、スッと背後に気配が迫る。

「畏まりました」

声のする方へ振り向くと、上品な女性店員がニッコリと笑みを浮かべて立っていた。


わけもわからぬまま押し込められたのは試着室で、店員の女性に半ば無理矢理着せられたのは純白のワンピースだった。
レースやフリル等の装飾は一切付いていない分、耳元で揺れるピアスが上品に見える。

「す、すごく綺麗なワンピースですね」

「メイ様がお召しになってこそ引き出される美しさですわ。」

口をパクパクさせながらやっとの思いでワンピースを褒めるも、店員さんはそんな私を気にも留めず微笑む。

「サレ様、メイ様のご試着が終わりました」

呆然とする私の目の前で、無慈悲にカーテンが引かれた。私のブーツはどこかへ片付けられていて、代わりに白いミュールが揃えられている。


「え、何これ私シンデレラ?」

「最近本を読み耽っていると思っていたら、またそんなくだらない夢物語を読んでたのかい?」

有名な童話だというから読んでみただけなのに、そこまで否定されるとさすがに笑みが引き攣る。

そのままサレは私の全身を品定めするように見つめると、満足気に頷いた。

「うん。さすが僕の見立てだね。このままいただこうかな」

「ありがとうございます」

「え、このままってなに…」

「メイ様がお召しになっていたお洋服はこちらへ纏めさせていただきましたのでお持ちください」

渡された袋の中を確認すると、その中には確かにさっきまで私が着ていた服が入っていて、しかもスカートの裾の解れは綺麗に直されている。申し訳ないやら気恥しいやらで顔が上げられない。今度からは大切に着ようと堅く決意する。


服を纏った本人を置き去りにしたままあっという間に会話は運び、会計を済ませると店員に見送られて店を後にした。




「サレ、どうしてこんなに高い服とピアスをくれたの?今日はサレの買い物じゃなったの?こっちの初任務の時にくれた服もすごく良い値段がするんじゃ…」

「僕達が最初に会った時から随分経つからねぇ…久しぶりに最初に会った時みたいなメイが見たくなったんだよ」

「だ、だから白いワンピースなの…」

「初めて会った時は歩けもしなかったのに、どうしてこんなじゃじゃ馬になっちゃったのかな」

サレはクスクス笑いながら私をチラリと見る。

「サレだって、最初会った時はそんな風に楽しそうには笑わなかったよ」

「おや、そうだったかい?」

「そうだよ。昔なんか口元なんかこんなに歪んじゃってさ、目も笑ってないの。」

私はわざと口元を大げさに吊り上げて、目を細めてサレを見上げる。

そんな私の頬を抓りながらサレはまた笑う。本当に、随分爽やかに笑うようになったな、と実感した。

「それに、僕がプレゼントした服を着てるメイを見ると、改めてメイは僕の所有物なんだなって実感できて気分が高揚するじゃないか」

「そういう歪んだ思考は変わってないね!気持ち悪いな!」

「それにメイの耳に開いた穴に僕の買ったアクセサリーがぶらさがってると思うと」

「ピアスをそんな気持ち悪く表現できるのはサレくらいだ」

いくら昔とは変わったとはいえまだ"冷酷残忍なサレ"の面影が見え隠れしているのかは知らないが、一般人とかけ離れた感覚をお持ちのようだ。思わず耳元を押さえてしまった。

「なにかお礼がしたいんだけど」

「大切にしてくれればそれでいいよ」

「それじゃあ私が納得いかない…」

「じゃあ永遠にメイが僕の物でいてくれるならそれでいいよ」

「いきなり重いな!永遠にっていうか今までサレの物になった自覚なかったんだけども」

「それに城を抜け出す頻度を減らしてくれると助かるかな」

「ぜ、善処します」

いつもの藍色のスーツが入った紙袋を抱いてモゴモゴ呟く。
もうこのスカートの裾が解れるようなことはないようにしなければと改めて思う。

「あと、帰ったら紅茶淹れてよ。このあいだのハーブのやつ」

「どうせ角砂糖いっぱい入れるから味なんか関係ないくせに」

「あぁ、メイは僕のラズベリージャム一生分を持って帰ってくれるんだったね。紅茶のお供にちょうどいい」

「本気で言ってたの!?」

どちらともなく手を繋いで、交わされる軽口に小さな幸せを感じながら、バルカの曇り空の下を二人で歩いた。


結局ラズベリージャムは「仕方が無いから一ヶ月分でいいよ」とサレに情けを掛けられたものの、両手で抱えても苦しい程のラズベリージャムが入った紙袋を城まで持たされ、サレのジャム消費量に背筋が寒くなったのだった。



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