配属



地面を蹴り、宙を舞う。

直後、先程まで立っていた場所の地面が割れ、轟音を立てて牙を剥いた。

上体を捻って着地し、すかさず足元に盾を張る。

再び足元で割れた地面が、ガツン、ガツンと乱暴な音を立てて容赦なく盾を突く。

盾を蹴り、再び空を跳んで少し離れた場所に着地し、腰元のレイピアに手を掛けながら一気に相手との距離を詰める。

その瞬間、空間が歪むのを感じた。

慌てて身を引いてももう遅く、身体を押しつぶされるような圧迫感に襲われる。

すぐに身を覆うように盾を張るも、ろくに集中もできずに張った盾がそう役に立つはずもなく石礫に叩き壊され、砕けた地面の破片が皮膚を削り、切り裂く。

「ギ…ギブアップ!!」

苦しくて息もままならないが、このまま続けられては敵わぬと、喉の奥から声を絞り出す。


歪んで圧縮した空間が元に戻り、割れた地面を避けてそのまま脇に倒れこむ。

「死ぬかと思ったよトーマ…」

「ふん、軟弱なヒューマめ。これくらいの訓練で音を上げるとはな!」

仁王立ちでこちらを見下ろしているトーマに、呪詛のように文句を垂れると、トーマはその大きな鼻の穴から勢いよく息を吐き出して笑う。

荒い息をついて体中の傷を確かめつつ、身体を起こす。

訓練にしては結構容赦なくやられた…と呟きながら、服の埃を叩いた。

「トーマとの体術訓練はサレとの能力訓練よりキツいねぇ」

「あんなヒューマの訓練と一緒にするな。…それにしても、俺がお前の訓練を見るのはもっとお前の体力と能力が安定してからと聞いていたからもっと先の話だと思っていたぞ」

まだ自分に面倒な訓練の担当が回ってくるとは思っていなかったらしく、不満とも驚愕とも取れる声色でトーマがぼやきながら、私にタオルを投げて寄越す。

「思ったよりも早く歩けるようになったし、フォルス能力も…噂になってる通り、ほぼ制御は問題ないみたいだから…」

「フン、任務でも役に立てば良いのだがな」

「それこそ先の話でしょー?」

苦笑いしながらトーマから投げられたタオルで汗や砂埃を拭き取り、ボロボロになったスカートを見て、また支給してもらわなければと溜息を吐く。

訓練の時の服装は、いつもどこからか支給される紺色のワンピースの下にスパッツのようなものを履いている。

スパッツのおかげでスカートが破れても下着が露出することは無いが、だからといってこう何度もワンピースを破ってはメイドさんに回収してもらい、交換してもらったり、繕ってもらうのはなんだか申し訳がなかった。

この程度なら自分でも縫えるかな…なんて考えていると、トーマからまるっきり返答が無いことに気が付く。

不思議に思ってスカートから顔を上げると、トーマは目を丸くしたままこちらを見つめていた。

「…え?何?どうしたの?」

「お前、サレに聞いていないのか?」

さっぱり状況が飲み込めなくて、今度はこちらが目を丸くする。

「サレ…に?何を?」


更に質問を重ねると、トーマは頭を掻き毟ってこう言った。



「…お前は来週から王の盾配属で、早速任務が入っている。」












「サァアアアアアレェエエエエエエエ!!!」


闘技広場にトーマを残し、絶叫しながら廊下を走りぬける。

廊下ですれ違う兵士やメイドが、悲鳴を上げて飛び退いた。



バタンッと勢いよくドアを開けると、サレが優雅にアフタヌーンティーを飲みながらラズベリージャムを舐めていた。

…私の部屋で。


「自分の部屋でくつろいでくれっていつも言ってるじゃない!」


「メイの部屋と僕の部屋は隣なんだから、どちらに居たって変わらないだろう?」

「大違いだよ!」

私がいくら息を切らしながら怒鳴ろうと、サレは涼しい顔で指についたジャムをいやに艶っぽく舐め取りつつ、クスクスと笑う。

この温度差にこちらのボルテージは上がるばかりで、力任せに汗と砂まみれのタオルを投げつけるも、サレは笑いながら軽く避けてしまう。



最近、私が不在の時はサレが無断で私の部屋に入り、存分にくつろいで過ごすのが常となっている。

実際、今私がサレを探してまっすぐに訪れたのは、彼自身の部屋ではなく、私の部屋だったというのもなんだかサレが自分の部屋でくつろぐことを容認してしまったようで悲しい。

「そんなことより…サレさん、私に何か言い忘れていることはありませんか?」

「そういえば、ラズベリージャムがもうすぐ切れるから買い出しをお願いするのを忘れていたよ。」

「貴方のラズベリー情報なんてどうでも良いのです!来週から任務ってどういうこと!?」

テーブルをバンバン叩きながらサレに問い詰めると、サレはつまらなそうに目を細める。


「当日まで黙っておいて困り果てるメイを見たかったのに、誰に聞いたんだい」

「当日まで!?恐ろしいことを考えていたもんだ!トーマからさっき訓練中に聞いたんだよ!」

やけに最近兵士の人に「頑張ってくださいね」なんて声を掛けられるから訓練の話かと思っていたらそういうことだったのか。



『そろそろ、王の盾に貢献しろという意味かと思いますよ』



少し前にアガーテ様の部屋でジルバに言われた時から、薄々考えてはいたことだ。

ミルハウスト将軍に剣を向けられた時も、配属を答えろと言われた。

どこかに所属していなければ身分の証明も難しい。

王の盾には一通り顔が売れているが、正規軍側となると関わる機会も無く、またあのような事態にならないとも限らない。

王の盾に配属してもらえたほうが、むしろありがたいのかもしれない。



「配属はありがたいけど…任務なんて私にできるの…?」



しかしなんといっても、不安が勝っていた。


「最初はきっと簡単な任務だよ。バイラス退治とか…ね」


サレの一言で、最初に目覚めた森でフローズドクロウに襲われたことを思い出す。

今となっては簡単に倒せるであろう小さな鳥だが、あの時、なにもわからず襲われた恐怖は忘れられない。

しかもそれ以来、私はバルカから出ることなく城内で暮らしているので、バイラスと対峙したのはそれきりだ。。

それをわかっているからこその、サレの言葉。


「わざと不安を煽ったね…?」

「これ以上騒ぐなら出て行ってよ。紅茶がまずくなっちゃうじゃないか」

「ここは私のお部屋です」

クローゼットから着替えを出しながらサレを睨みつけても、

「ここで着替えるのかい?メイのヌードなんて見たくないよ」

なんてからかわれる始末。


「トーマとの訓練で汚れちゃったからシャワーを浴びたいので出て行ってください」

「なんなら隅々まで洗ってあげようか?」

「ヌード見たくないって今言ったじゃんか」

「目はぎゅっと瞑っておくよ」

こんな言い合いも、もう珍しくない光景だった。

開けっぱなしのドアから、兵士やメイドが「またやってるよ…」とでも言いたげにチラチラと室内を窺いながら廊下を通り過ぎてゆく。


控えめに壁を叩く音がして、慌ててそちらに向き直ると、開け放たれたままのドアにもたれ、ユージーン隊長が立っていた。


「お前たち、今度は何を揉めている?」

咎めるような口調ではなく、笑い声を洩らしながら腕を組む。

「ユージーン隊長!サレが私のヌードを…ではなくて、私が来週から王の盾配属で、早速任務が入っているってサレがわざと黙ってたんです!」

まるで幼児が先生に言いつけるような子供じみた口調で、サレを指さしながら隊長に向かって頬を膨らませると、ユージーン隊長は少し驚いたような顔をした後、再び笑いだした。

「それはサレらしいな。」


「それだけですかー!!っていうかこうなることくらい予測できませんでしたか!」


サレを責めても埒が明かないので、対象がユージーン隊長へと移る。

「改めて聞くが、王の盾配属の事実を今知ったわけだな?」

「え?そうですけど…」

笑いを引っ込めて問う隊長に少し動揺しながらも頷く。

「…記憶喪失で発見されて今まで、息をつく暇も無く訓練や勉強、よく頑張った。来週まで訓練は控えめにするよう四星にも言ってある。よく身体を休めておくように。」

私の頭を優しく撫でながら、優しい口調で言う隊長に、ジーンと胸が熱くなる。

森で発見されてから今日まで、本当にお城の人達にはお世話になったなぁと、感謝の気持ちが湧いてきた。

「国王様をはじめとしてアガーテ様やユージーン隊長、ミリッツァ、ワルトゥ、トーマ、兵士の方々やメイドの方々には今日まで本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします。恩を返すつもりで任務にあたります。」

深々と頭を下げて言うと、ユージーン隊長は目を細めて頷く。


背後で「僕の名前がないみたいだけど、どういうつもりなんだい?」と喚くサレを放置し、感動の涙を流して、しばし隊長と見つめ合った後、熱い抱擁を交わした。



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