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#4 忘却の彼方

予知した未来を変えてしまった先の未来は、変えてからでないと予知出来ない。
また筋道を変えていなくとも、何かを変えてしまった時点で予知した未来と同じ通りの結末になるとは限らない。
これまでの経験に基づいた、私の能力への答えだ。
この間の依頼では前者の状況下にあった所為で、結局あの紅白スーツのヒーローと出会してしまったが、今度はきっと上手くやれる。
私の能力はヒーロー程、万能ではないが、全く使えないというわけでもない。
要は使いようだ。数ある未来の中でどれが一番最良の道か、これまでの情報を基に見極めていけばいい。
そうやって、私はこの世界を生きてきたのだから。


*****


『昨日のお前の行動!ありゃ一体どういう事だよ!?なあ、バニー!聞いてんの──…』

ブツンと、会話の途中で自分から切った携帯電話を僕は無造作に椅子へと放り投げた。
それほど時間も置かずに再度掛かってきたおじさんの電話も無視を決め込む。
今はおじさんの叱責もロイズさんからのネチネチしたお小言も、何も聞きたくはない。

「……」

目蓋を閉じれば、すぐにでも彼女の姿が脳裡に過ってくる。
いつも思い浮かべる幼い時の彼女ではなく、不機嫌に眉を寄せながら、けれど確かに一人の女性として成長していたこの間のアリシアの姿を。

『はあ? 何を言ってるのよ』

あの時の彼女は僕の事が分からなかった。
僕の名前にも動じた様子がなく、不愉快そうに視線を向けてきたのが、より一層僕の心を締め付けてくる。
あれは幻だったのだろうかと一瞬自分の目を疑ったが、あの時彼女が置いていった銃が確かにアリシアはあそこにいたんだと証明してくれた。
ふと僕は見晴らしのいい窓から備え付けの机に近付き、その上に無造作に置かれていた銃の形を確かめるように手で擦っていく。
冷たい金属の感触が彼女の心を映し出したようだった。

「アリシア…」

彼女が姿を消してしまってから今まで、一体何があったんだろうか。
生きている事が分かって安堵はしたが、やはり気掛かりでならなかった。
僕は机の上の彼女の銃を握り締めながら、今日何度目かも分からない彼女の名前を呟こうと口を開き──、腕につけた携帯端末から出動要請のアラームが鳴り響いた事で代わりに溜め息を吐き出させた。
ヒーローという職業は人に考える時間も与えてくれないのかと、僕はアリシアに会わせてくれた巡り合わせに感謝しながらも少し恨めしく思った。







今日は日が暮れるのが早いな、と茜色の空を見上げながらエンヴィーはベーコンエッグサンドを頬張った。シャクシャクとレタスを咀嚼する音が何とも小気味好い。
シュテルンビルド中の高層ビル群が一望できるこの公園では、サンドウィッチの移動販売がよく行われるのだが、エンヴィーは時折ここへ足を運んではサンドウィッチを注文していた。
淡い水色のレトロなサンバーバンが目印のその店は、見た目に反して今話題のJ-POPをBGMに取り入れるという鎮具破具さが特徴的で、店主曰くサバサンドが扱う商品の中で一番の売りだそうだ。
だが、いつもエンヴィーがそこで頼んでいたのはカリカリに焼いたベーコンとふわふわのスクランブルエッグ、瑞々しいレタスを具に挟んだ、よくある中身のサンドウィッチである。日によってはマヨネーズの量に差はあれど、彼女自身は商品の出来映えに満足していた。
昔から、エンヴィーが何かを注文する時はそこにある定番メニューや容易に味や中身が想像出来そうなものばかりで、変わり種や一時の冒険心に挑戦する気は彼女には一切起こらなかった。
まあ、記憶がないのに“昔から”という表現をするのも可笑しな話だが。
そう自分を嘲笑っていると、自身と同様に背後のベンチで腰掛けていた男性から声をかけられた。

「首尾は上々のようだね」

何が、とは聞き返さない。男が言わんとしている事をエンヴィーも理解しているからだ。

「ええ。つつが無く」

そう淀みなく答えながら、再度サンドウィッチを頬張る。どうやら今回はマヨネーズが多めのようだ。

「以前張っていたバグのお陰で、思った以上に時間が捗ったとスケィスが言っていました。囮に使った奴等も計画のことは何も知りません」
「そうか。それは嬉しい限りだ。けれど何事も油断は禁物だな。最近はヒーローとは別に、罪を犯した人間を粛清する存在が現れたそうじゃないか。君も用心した方がいいよ」

そう心配されて、エンヴィーは吹き出してしまうのを堪えられなかった。
『用心』という言葉がこの男の口から出てくるとは思わなかった所為だ。お陰で余韻が残ってしまい、肩を揺らして笑ってしまう。

「貴方がそれを言いますか。私が “まだ何者でもなかった” 時に今の組織へと放り込んだのは、紛れもない貴方じゃないですか」

今の組織──ウロボロスは有名な犯罪組織で、平穏とは無縁の場所だ。
そんな組織と知っていながら、目の前の冷酷無比な男は一人の無知な女の子を売り飛ばした。
その子供は悪の道に染まりきってしまったというのに、その立場に追いやった筈の張本人にだけは、正義の味方に気を付けろ、なんて言われたくはない。

「別に笑う事ではないだろ。全て君を思っての事だ。それにあの時の君は覚えていないだろうが、組織に入ることを決めたのは他ならぬ君自身じゃないか。私の役に立ちたいと言い張ってね」

男の言葉に、笑みを浮かべていたエンヴィーの顔が今度は真顔になった。
そんなわけがない。
情報では、汎用的なNEXT能力だからと、嬉々としてウロボロスに取り込ませたと聞いた。
未来予知能力なんて、犯罪グループにとってはさぞ利用価値が高いと思った事だろう。
本人の記憶が無いから、と嘘を教えてくる男の腐った性根に不快さを覚えながらも、今は仕事の経過報告中なのだからと無理矢理、頭の中を切り替えた。

「……そういえば、新しいヒーローが誕生したそうですね。先日の仕事で邪魔されましたよ」
「ああ、そうだったのか。最近売り出し中の子でね。素直で良い子だよ」

親が我が子を自慢するような優しげな男の口調にエンヴィーは片眉を上げる。
それを言うなら、自分の手駒にしやすい馬鹿正直な人間だよ、じゃないだろうか。
内心でそう思いながらも、敢えて口には出さなかった。
だがその態度が気に入らなかったのか、男は尚も掘り下げてくる。

「で、どうだった」
「どう、とは?」
「ヒーローの彼と相対してだよ」

エンヴィーは眉を顰める。一体何が言いたいのか。

「どうもこうも、今後のビジネスの障害になりそうだ、としか」
「‥‥ああ、そうだろうね」

男はそれ以上、何も言わなかった。
気になってエンヴィーはもう一度あの時のヒーローを思い出そうとした。だが可怪しな事に、頭の中で靄がかかったようにあの夜の出来事が曖昧となっている。代わりに妙な鈍痛も、わんわんと響いてきて、思考が定まらない。

「どうかしたかね?」

ポンと肩を軽く叩かれた。
男の声が、ねっとりと耳に纏わり付いてくるようだった。
いつもは気持ち悪く思うそれが、今は甘い音となって頭の中を白く塗り潰していく。

「‥‥なにも、ありません」

するりと口から出た言葉の意味を理解した時には、今まで考えていた事がどうでもよくなっていた。

「そうか。…それじゃ、私は戻るとするよ。次の仕事も期待しているから」

そう言って、男はベンチから立ち上がる。
よく分からないが、気が済んだようだ。
エンヴィーもそれ以上追求せずに最後の一口となったサンドウィッチを頬張った。

「これくらいの提示連絡でわざわざ呼び出すのは今度から止めて下さいね、Mr.マーベリック」

既に歩き出していた背中に注意すれば、男──アルバート・マーベリックはこちらを振り向きもせずに、耳の横辺りで手を二度ほど振って去っていった。
本当に何だったんだ?と首を傾げながら、エンヴィーもまた塒に戻る準備をする。

「いつかサバサンドの方も食べてってくれよ」

帰り際の店主の一言にエンヴィーは曖昧な笑みを返す。
いつかなんて永遠にないわよ、とは言わなかった。


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